doubtful news − side YASU −


「何から聞きたい?」
一度僕らを見渡してから、てっちゃんは低い声でそう言った。
何から、とソファの上のてっちゃんを見つめたまま逡巡する。
聞きたい事が一杯ありすぎて咄嗟に言葉にならなかったのは多分僕だけじゃなく。
「最初に一つ」
そんな僕らを置いて、一人、僕の隣りの北山は手を挙げてみせた。
てっちゃんの無言の促しに、北山はチラリと視線を部屋の隅へとやった。
当然それを追って僕らの視線が部屋の隅――キッチンに立つ女の子へと移動する。
「彼女は?」
北山の声に反応して、ちゃんが顔を上げこちらを窺うように首を傾けた。
それを見ててっちゃんは軽く手招きをする。
不思議そうにしながらも不快がる事なくてっちゃんの後ろへやってきた彼女。
「北山、お前が聞きたいのは、の個人情報か?それとも俺との関係か?」
「両方」
いつもの好青年振りは隠れ、冷静に場を見極めようとする北山の姿勢が見えた。
彼女が何者かというのは僕らにとって重要で、てっちゃんが騙されている可能性も考えなければならない。
黒ぽんはともかく酒井さんも同じ考えのようで、ジッと真面目な顔をしたままてっちゃんを睨んでいた。
その雰囲気に、てっちゃんは呆れたように大げさにため息を吐く。
「お前らな、は俺の命の恩人よ?冬の寒空の中、倒れていた俺をは拾ってくれたわけ」
倒れていた、という言葉に訝るものの話は続いた。
「お前らが思っているような奴じゃない、それは俺が保障する」
な、とソファの後ろに立つ彼女に振れば、彼女は事態を飲み込みきれていないのか曖昧に返事をした。
すると、それを見ていたソファに座るもう一人が眉を上げててっちゃんに向かい、
「ってことは、お前の恋人っていうのも嘘なの?」
黒ぽんは軽く笑った風だったが、なんとなく苦笑しているのが分かった。
「そうすりゃお前らが集まると思ったから、にそう言ってもらったんだ」
「そうかぁ・・・、俺達まんまと村上の罠に引っかかったんだなぁ」
「北山、お前がを口説いてるのも聞いてたから」
「・・・・・・別にいいよ。一応俺のやり方の一つだし」
本当に気にしてなさそうな様子で、ちゃんにごめんねと謝る。
大丈夫ですよ、と慌てて手を振って応える彼女は、僕から見て普通の女の子だった。
だけどそれは傍から見て、という印象にしか過ぎず、信用出来るか否かはまた別だと思う。
「ねぇ、喋ったの?」
彼女が組織のパスワードを知っていた事からの当然の質問。
僕らの事はそれこそ事務所のトップシークレットで、そう易々と誰かに教えていいものではない。
それなのに、その事を十分に知っているはずのリーダーが喋ったのか。
「・・・事情も話さずに、俺の恋人の振りをしてメンバー騙して来いって言えるのか?」
「・・・・・・」
それは至極ごもっともで。
「緊急事態だって事で見逃してくれよー。つか、こうでもしなきゃ連絡取れないと思ったから」
「連絡取れないってアンタ、さんに変なことさせる前に電話借りりゃ済むことでしょうが」
「出来りゃしてる」
酒井さんの言い分に、拗ねたように口を尖らせててっちゃんはちゃんを、もういいからとキッチンに戻した。
「どゆこと?」
聞くと、顔をしかめたままシャツの裾を少しまくって見せた。
露になるその相変わらず肉の少ないわき腹に幾重にも巻かれた白い包帯。
額と右足に巻かれた包帯で、怪我をしている事は予測していたがわき腹まで、と一瞬驚きで息を止めた。
、これから込み入った話すっけど、」
「聞かない振りしてればいいんですか?」
「おう、よろしく」
「ハイ」
包帯を摩りながらてっちゃんは暢気に会話している。
「おい村上、それ大丈夫なのか?」
少し強張った顔に心配を浮かべて黒ぽんが代表して聞いた。
「多分深くはイってない。手当てはがしてくれたけど・・・」
傷口に触れたのか、またてっちゃんの眉間に皺が寄った。
触っただけでそれほどに痛いのだから、深くないと言ってもほっとけば治るような傷ではないだろう。
「襲われたの?」
北山の質問に頷いて返す。
「クリスマスイベントの打ち合わせ帰りに、車ごと乗っ取られた」
「私怨?組織?」
「・・・そこまで表で恨み買って生きてねぇよ。お前分かって聞いてるだろ」
「歯型の改ざんがあったんだから組織だろうとは思ったけど、念のため」
真面目な顔をして茶目を含ませる北山に、僕は横で苦笑した。
「乗っ取られた後どうなったの?」
「・・・相手は三人、死んだのは多分運転してた奴―――」
運転していたところを車を止められてナイフで脅された、とてっちゃんは細い目をさらに細めて話す。
後部座席に移動させられ両側からナイフを突きつけられた状態でもう一人が運転をしていた。
そこの隙を突いて反撃を仕掛け、身を乗り出してハンドルを思い切り切った・・・・・・。
「アンタ馬鹿でしょ」
僕の心を代弁してくれたのは酒井さん。
スピードの出ている車のハンドルを切るなんて、下手したら自分が死んでもおかしくない。
「お前無茶すんなぁ・・・、よくそんな傷で済んだよなぁ」
黒ぽんの苦笑に、無茶で済む話なのかと酒井さんは突っ込んだ。
当の本人は笑ったままで、飲み物を手に取って一口飲んだ。
「いいじゃんかよ、とりあえず俺は生きてるんだから」
「法律上では死んでるけどね」
「・・・北山、」
「冗談だよ」
「笑えねぇっつーの。・・・・・・んで、その後なんとか逃げて、ここの近くで倒れたらしい」
それでたまたまちゃんが見つけてくれた、というわけか。
てっちゃんが飲み物に口をつけて一息つく。
そして眉間に皺を寄せて、刺すような視線で僕らを見渡しながら声を潜めた。
「『俺が襲われた。』『俺はお前ら以外に接触したくなかった。』・・・この意味、分かるよな?」
僅かに苦い顔をしつつ全員無言で頷いた。
確認したてっちゃんが一つ頷くと、テーブル上のチョコレート菓子を摘まんで舌に乗せた。
「よし・・・、じゃあいいか。これからの行動な」
てっちゃんの少し砕けた態度に、僕も乾いた喉を潤そうと烏龍茶を飲んだ。
黒ぽんもサンドイッチに手を出す。北山だけ自分で持ってきたミネラルウォーターを口にしていた。
「ハイ、酒井さん」
「お、おぅサンキュー」
あらかじめ用意されていた酒井さんのコップを渡してあげて、烏龍茶を注いでやる。
黒ぽんからタマゴサンドを貰ったてっちゃんが、笑みを浮かべてスケジュール調整のように軽く口を開いた。
「クリスマスライブまでに全部片すぞ」
だから一曲目出てこなかった奴は、見直しておけよ。と、睨まれたのは酒井さんと黒ぽん。





静かになった部屋。
隅のキッチンで彼女が後片付けをする音だけが響く。
そう言う僕も僕らが散らかしたテーブルの上のゴミを判別しながら捨てていく作業中。
冬真っ只中の夜明けは遅く、時計はすでに五時近くを指しているけれど外はまだまだ真っ暗だ。
水道の音が止むと、ちゃんが手を拭きながらやってくる。
「すみません、後はやりますよ」
「いやぁいいよ、使ったの僕達なんだし」
人の事言えないと思うが、彼女の顔には若干寝不足と疲労の色が見えていて。
ちゃんにはとんだ迷惑掛けちゃったねぇ。疲れてたら寝ていいよ?」
「あ、大丈夫です。酒井さんも戻ってきますし、それまで起きてますよ」
そう、と返してまたゴミ捨て作業を続ける。

てっちゃんの指示を受け調整と心配を交わして、各自動き出してから一時間が過ぎた。
北山は僕らの家に仕掛けられているだろう盗聴器類を見つけに回っている。
重要な連絡やり取りはフェイクを入れるようにした(いつもやってる事だけど)。
黒ぽんは怪我人のてっちゃんに肩を貸しててっちゃんの怪我の手当てと、裏切りようのない上層部への報告と対策。
幹部への報告をてっちゃんは自分でやるつもりだったらしいが、僕らのドクターストップならぬメンバーストップにより治療に専念してもらう。
そして、酒井さんは・・・。

チャラララリラララリ。
突然テーブルの上で僕の携帯が鳴った。
それはワン切りの合図で、相手を確認すれば予想通り酒井さん。
「あ、大丈夫僕出るから」
立ち上がろうとしたちゃんを遮って、玄関へ足を運ぶ。
念のためにドアスコープで様子を窺ってからドアを開けた。
「お疲れさま」
「おー・・・さみぃなしかし」
「あった?」
「ん、なんとか」
リビングに歩きながら、主語をぼやかした会話をする。
「仕事の連絡入った?」
「入った。夕方に出れば着くかね?」
「着くと思うよ。酒井さんマイカー?」
「おう、乗せてくよ」
ありがと、と短くお礼を言うと、酒井さんはゴミ袋を縛っていたちゃんと挨拶を交わす。
「どうもすみません、なんか」
「いいですよ。・・・というかすみません、私の方まで・・・」
「いやいや、うちのリーダーが迷惑を掛けたんですし、なぁ?」
「そうだよ。ちゃんが居なかったらあの人どうなってたか分からないんだから」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、二人で笑う。
「じゃあ早速、パソコンお借りしますね」
「あ、お願いします。何か飲み物淹れます、紅茶しかないんですけどいいですか?」
リビングと繋がっているちゃんのお兄さんの部屋へ移動する酒井さんが、礼を言いながら構わないと告げる。
僕もお礼を言って、テーブルを布巾で拭き終えるとソファへ腰掛けた。
瞼が多少重く、身体も疲れを感じていたけど、頭は妙に冴え冴えとしていてパソコンを起動している酒井さんを振り返った。
「本当に手がかりなんかあるのかなぁ?」
コートを脱ぎ置き鞄からCD−ROMを取り出しながら酒井さんは肩を竦める。
「さぁ?やたら解けないファイルがあるって言ってたけど・・・」
「だからわざわざ持ってこさせたんでしょ、ソレ」
酒井さんが開閉させているCDケースを指差した。
透明なケースになんのラベルも描かれていない銀色のCD。
それは一般的にはあまり聞かない『パスワードクラッカー』と呼ばれるソフトが入ったもので、僕達の常套手段だ。



てっちゃんは言った。
「陽介を捜すぞ」
それ誰、と聞けばちゃんの行方不明のお兄さんだそうで。
手当てと協力のお礼に、せめて何か手がかりが掴めないか僕達の分野である情報網で捜してあげよう、と言う事らしい。
正直なところを言えば、今はそれどころじゃないのに。
「お礼がしたいのは分かるけど、どうしてそんなに急ぐの?」
北山が冷静に理由を尋ねると、てっちゃんは少し言いにくそうにちゃんをチラリと見た。
お兄さんの話になった時から驚いた顔でこっちの話を聞いていたちゃんが首を傾ける。
「あー・・・そこのパソコンにさ、変なファイルがあんだよ。他に変なとこないんだけど、それだけ変なの」
はぁ?と揃いも揃って怪訝な顔。
「だから、一つだけ厳重にパスの掛かってるやつがあんの。もしかしたらなんか手がかりがあんじゃねぇのかなぁって」
・・・・・・質問の答えになっていませんよリーダー。



その後ちゃんに勝手にいじって悪かったと謝っていたてっちゃん。
話を聞く限りでは確かに事件性も含んでいそうだが、生憎僕らは警察ではないのでなんとも言えない。
けれどもやると主張したものは断固曲げないリーダー様の性格を汲み取り、仕方ないと言った雰囲気で了承。
時間が惜しかったので、とりあえず北山達は役割を実行し、酒井さんはパスを解くためのソフトを持ってくる事となった。
一方で僕は、ちゃんの護衛として残されたのだった。
みんな慎重にここへ来たと言っても尾行が付いていないとは限らないし、彼女の監視も出来るという意味では悪くない役割だ。
はっきり言おう。
僕は彼女を信用し切れていない。
出会って数時間だし、状況が状況だし、疑おうとすればいくらでも疑える。
信用して痛い目を見た事のある僕は、それこそ疑心暗鬼そのものだった。
酒井さんみたいに露骨に疑う事も、北山みたいに冷静に可能性と確率を分析する事もしないけど。
世渡りの上手さは自他共に認めるところだから、騙された振りも信用した演技も出来る。
人を信じられないのは寂しい事だけど、慎重すぎるくらいが裏の僕には丁度良いんだ。
裏のゴスペラーズは絶対にばれてはいけないんだから。

カチカチカタカタと酒井さんがパソコンをいじっているのを聞きながら、僕は淹れて貰った紅茶をすすった。
「明日ってかもう今日だけど学校とか大丈夫?学生さんだって聞いたけど」
向かいに座っているちゃんに世間話を持ちかけるように、探りを入れてみる。
「あ、大丈夫です。大学四年なんで学校にはそんなに行かなくていいんです」
「へぇ、じゃあ卒論とか就職で大変じゃない?特に年末とかって」
「あはは、卒論はほとんど出来てるんで大丈夫なんですよ」
それは羨ましい。チラリと振り返るとどうにかこうにかで大学を卒業した酒井さんが苦笑していた。
ただ、と彼女はカップを傾けながら困ったように笑う。
「就職は決まってませんけどね」
「え。それは・・・大変じゃない」
「この一年、バイトしては兄の当てを捜すっていう生活だったので・・・」
「えぇ?」
ただ帰りを待っていただけじゃないのか、と内心驚いた。
警察にも届けを出したらしいが、それっきりで進展はないらしい。
「しかも給料貰った途端にアチコチ飛び回るもので、先月バイトクビになっちゃったんですよね」
ハハハと力なく笑うちゃんに、同情する傍らバイト先から身元を調べられないかなどと考える。
どんなバイトやっていたかを明るく聞いて、彼女の答えた駅前の居酒屋を忘れないように脳に刻んだ。
そうやって雑談しながら探りを入れていたら、キーボードの音が止まって、後ろで酒井さんがふーむと唸った。
「どしたの?」
「いやぁ・・・こりゃ確かに村上もムキになるわ。これだけ厳重に掛かってるとは思わなかった」
「ソイツでなんとかなる?」
「ううぬ・・・多分平気だと思うがどうだろうな」
芳しくない返事に驚いて、ソファを立ち酒井さんの横から画面を覗き込む。
僕らの中では酒井さんと北山がパソコンの情報解読は得意なのだが、僕もリーダーもそこそこにやる。
黒ぽんは表では機械は全く駄目だと言っているが、裏でも実際全く駄目だったりするから面白い人だ。
「そんなに手ごわい?・・・解読の人に頼んだら?なんか凄く優秀な人が居るんでしょ」
暗号解読班というものがうちの組織には存在するらしく(直接会った事ないのでよく知らないけど)北山は何度か出入りしているらしい。
その北山が太鼓判を押して尊敬するとまで言う人が居るって聞いたのだけど。
「へぇ?でも俺結構前に・・・・・・」
チラリとちゃんの方を見て、視線を戻して声を潜める。
「『モノ』を解読するよう頼んだけど、いまだに成果返ってこないぞ」
画面に顔を戻し、僕には理解するのに時間の掛かる(読める事は読めるんだけどね)文字の羅列をスクロールさせていった。
「ふうん?北山が言うほど優秀じゃないって事?」
「知らんが・・・・・・コレで解けなかったら、まぁ頼んでみよう」
CD−ROMを弾く酒井さんに頷いて、ソファへと戻った。




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