real-time news − side SAKA −
暗い車内、チラと時計に目をやればデジタルの蛍光緑がAM三時前を知らせている。
早く帰らないと明日の仕事に差し障る。
そう十分前から思っているものの、一向にその決心がつかずに有料駐車場に停車している有様。
「・・・・・・どーすっかなぁ」
ハンドルに寄りかかり、ひと気のない狭い道に煌々と光る自動販売機を眺めながら嘆息する。
仕事と普段の思い切りの差が激しいと村上に笑われた事を思い出した。
それは自分でも重々承知の事で。だからこうして今一歩の踏ん切りがつかずにここに居るわけで。
この駐車場を見つける前に通りがてら確認したマンションの方向を見る。
ここからではマンションの最上階の一角くらいしか見えない。目的の階は四階。
結果的には、ソレは『村上てつや』ではない事が分かった。
俺と安岡と黒ぽんの三人で確認したのだから、間違いない。
それは、つまり・・・と顔を見合わせたものの、具体的な話は交わさず北山やスタッフ達が戻ってくる。
どこの誰だかも分からない黒焦げの男を『村上』として火葬。
コレは村上じゃないので大丈夫です、と言うわけにもいけないので俺達は始終苦渋の面を作っていた。
内心、遺体が村上でなかった事に安堵していた。
そうすると、じゃああの遺体は誰なのか。村上に何があったのか。と自然と眉が寄る。
大丈夫ですか、と知らないスタッフに心配されてしまったから相当なものだったのだろう。
あの死体が村上じゃないと知った以上焼き上がるまでの時間が勿体無い気がしてならなかった。
それは他のメンバーも同じだったようで、待合室で北山が言い出したのをきっかけでスタッフを呼ぶ。
身内の事情を知るスタッフと相談をして、疲労と寝不足と精神的にという理由で後をスタッフに任せ俺達は帰れる事になった。
確かに昨夜は式の準備だなんだで全員寝不足なのは否めないから、有難かった。
組織としては、内密に村上の行方を捜す方向で話は纏まっている。
「北山、これ報告したのか?」
帰り支度を始めている北山に、メモ用紙を見せる。
住所と自宅の電話番号を写したメモ。
「してないよ」
素っ気無くそう返され、分かっているつもりでも眉を潜めてしまう。
他の二人も各々の支度の手を止めて俺達のやり取りを見る。
「いいのか?」
「・・・・・・だって、彼女が本当にてっちゃんの恋人だったら、そっとしといてあげたいでしょ」
「だとしてもなぁ・・・」
「ユージ、無闇な情報漏洩(ろうえい)は良くないっていつも言われてるじゃん」
北山にその気がないものを俺がどうにかするというのは難しく。
俺自身が断固としたものではなく、一応報告しておくべきじゃないか?程度の気持ちだったのでそれは尚更だ。
嘆息して他の二人に視線を移すと、目が合った安岡が眼鏡を掛けながら、肩を竦めてみせながら口を開く。
「まぁパスを知ってたんだし、そう信じる事も出来るんじゃない?」
「だけど村上から直接聞いたとは限らないんじゃないのか?」
「もしそうだったらもっと問題だよ」
バッグを持ち直してドアに近づきながら北山が振り返った。
「他にパスを漏らした人が居る事になる」
「確かになぁ・・・」
黒ぽんがパイプ椅子に座ったまま頷く。
「そういう事だから、彼女に関する事は一切報告しない方向で」
言ってドアノブを回し、じゃあまた明日、と言い残して北山は帰っていった。
「・・・・・・」
「報告はしなくても、納得はしてない顔だよねアレは」
少し唖然とドアを見ていると安岡がリュックを背負いながら、隣りで笑った。
やっぱりそうだよなぁ、と頷き返す。
「ちゃんの事を調べるにしても、もし本当にてっちゃんの恋人だったら可哀想じゃん?」
「北山はそういうデリケートな部分気にするからなぁ」
「そ、だから確信持てるまで報告しないんでしょ」
安岡と黒ぽんの会話を聞きながら、うーむと難しい顔をしてしまう。
「さっき北山は自分のアドレス渡したみたいだし、もしそういうのであれば向こうから連絡が来るよきっと」
そういうの、というのは彼女が俺らにとって歓迎出来ない人という事。
村上が生きている可能性があると知った途端、安岡はやたら元気を取り戻していた。
いつもの明るさで纏めると、キャップを被って時計を見上げる。
「じゃあ、俺も帰るね。酒井さんも黒ぽんもあんま寝てないんだから早く帰りなよー」
「・・・おー」
「お疲れー」
安岡の忠告に二人で手を上げる。
ドアの前で一つ呼吸して、出棺の時もしていた凹んだ顔を作ると軽く手を上げて陰鬱そうに出て行った。
器用な奴だと苦笑する。もっとも、あれが俺らの裏の仕事としては正しい姿勢だろうけど。
俺も帰るか、と自分の鞄の置いてある椅子まで行こうとして、残ったもう一人を見る。
「帰らないの?」
立ち上がる気配のない黒ぽんに聞けば、時計と俺を交互に見て、んー、と考える風。
「俺さぁ、焼き上がるの待ってようと思うんだよね」
「は?」
「やっぱ誰か一人くらい『村上』を待ってないと、変じゃない?」
「まぁ、そうだけど・・・・・・、明日も仕事あるのに大丈夫なの?」
「焼き上がったのを見届けたらすぐ帰るよ」
そう、と相槌を返してジャンパーコートを着て、明日の確認を交わす。
そうして帰ろうと鞄を持ち上げ、少し躊躇いつつ黒ぽんに目をやった。
「ん?」
黒ぽんがどうかしたかと眉を上げるのを見て、小さく聞く。
「黒ぽんはどう思う?」
「・・・・・・ちゃんの事?」
「あぁ」
「・・・正直俺も分かんないけどさぁ・・・、本当に恋人だったら良いなと思ってる」
「・・・・・・」
「だって、テツにもそういう人が居たって事だろ? アイツそういうの避けてたからさ」
笑いながらそう言った黒ぽんは、やっぱり歳の分や結婚してる分俺よりも大人なのだと思った。
一つ、車が前を通った。
ハンドルから体を離し、背もたれに寄りかかる。
手に持ったままのメモ、走り書きしてある自分の汚い字。それが指すあのマンション。
黒ぽんの言葉を聞いて一旦は自分の疑心を恥じて家に戻ったが、寝ようにも明日のスケジュールを思い出そうにも上手くいかなかった。
あの死体は村上じゃなかった。
なら、村上はどうした?車は村上のものだったし、携帯も本人のものに間違いなかった。
でもあの死体は村上じゃなかった。じゃああの死体は誰だ。
他のメンバーに相談してみようとも思ったが、時計の短針はすでに頂点を過ぎている。
寝てはいないだろうと思いつつ、またその話かと言われるのも目に見えていて、手に取った携帯をそのままベッドへ投げた。
北山とは違った『考え過ぎる癖』が俺にはあって。
それが遺憾なく発揮されると、ほとんどが行き詰る傾向にある。しかもよろしくない結果で終わる。
何かちょっとしたきっかけがあれば吹っ切れるというか、好転するアイデアが浮かんだりするのだが。
そうやって落ち着きなく纏まるどころか一向に進みもしない推理と想像を繰り返す。
その挙句に、彼女の住所を書いたメモを思い出し、ジーンズのポケットを探ってしわくしゃになったメモを発見。
また時計を見た。二時前。いける。
「・・・・・・」
自分が『いける』と思ったのは、自分の眠気と体力の都合だけであって。
よくよく考えなくても午前二時過ぎに家を訪ねるのは果てしなく非常識であり。
それに気づいたのは、彼女のマンションのすぐ近くまで来てからだった。
己の馬鹿さに頭が痛くなる。
いっそ誰かに大笑いして欲しいくらいだ。お前馬鹿じゃねぇの、と。出来ればグラサンの人辺りにお願いしたい。
非常識だと分かってからも、今ひとつ踏ん切りがつかず引き上げもせずこうやってまた五分が過ぎた。
「・・・・・・」
というか、同じ非常識ならさっさと行った方がいいんじゃないのか?
デジタル時計に目をやる。
「・・・二時五十七分」
声に出して確認して、自分の生活スタイルを思い返してみて。
非常識だけど。非常識なのは分かっているのだけど。
「いくか・・・」
言って、ようやく決心がついた。
決心をつけてからは迷ってはいけない、と『仕事』をする上でいつも心がけていた。
迷うと無駄な動きが出てそこからいらぬ面倒が起きるのだと、この十年間で身に染みて覚えているからだ。
一度深呼吸をして、メモをもう一度見る。
「407、よんまるなな」
反芻するように呟き、ニット帽を助手席から手に取り髪の毛を纏めながら被る。
前を開けていたコートを首上までしっかりジッパーを上まで上げると、素早く車から外へ出た。
「さむっ」
息が掴めそうなくらい白い。吸い込む空気が鼻腔の奥を刺すように冷たい。
車内でも感じていたが外の気温はさらに低く、ぶるりと体を震わせた。
どうか、警察沙汰にはなりませんように。
自分の馬鹿な行動、本当に笑ってくれる奴が居ればいいのだけど、と足早にマンションへ向かった。
不審な振りを見せず慣れているように振る舞いながら、そこそこに新しめのマンションの自動ドアを潜った。
人に見られませんように、と心で繰り返しながらエントランス横のエレベーターのボタンを押す。
ここ二日、これでもかというほどにテレビに顔が映っているので普段以上に気づかれる恐れがある。
しかし、そこは午前三時。ひと気はこちらが寂しくなるくらいにない。
チン、と軽い音がして中へと入る。
四階のボタンを押して扉を閉めた。
エレベーターが動く中、彼女へなんて言い繕おうか考える。
北山のように、君に会いたくて、とか言っても不審がられるのがオチだろう。第一俺には無理だ。
素直に聞きたい事があって、と言うしかないだろう。
恋人であれ偽者であれ、こっちから情報を与えなければ大丈夫だ。
村上の遺体が偽者だった事も伏せておこう。
また小さく音がして四階に着いた事を知らせ、扉が開く。
「・・・・・・」
決心をつけてから頭を働かせてみると、どうして今まで頭がここまで回らなかったのか不思議なものである。
自分が思っている以上に焦っていた事に、たった今思い至った。
表札をチラ見しながら、通路を足音を消して歩く。
吹きさらしのマンション通路、念のためにと階段の位置を確かめておく。
最悪、彼女も偽者、住所も偽者、待っているのは村上失踪に関わる怖いお兄さん達、なんて事もあるから。
その可能性もついさっき気づいたのだが。
足を止める。
玄関の前、表札には『407赤碕』と書かれている。
携帯を覗く。AM3:04。やっぱり非常識だ。
「・・・・・・」
それでも決心のついていた俺は、少し躊躇った後インターホンを押した。
ピンポーンとお決まりの音が部屋の中から聞こえてくる。
寝ているだろうか、と反応を待つと、インターホンからではなく直接ドアの向こうから返事が聞こえた。
想像通りの女性の声で、若干ホッとする。
彼女が起きていてくれた事に。返事の声が野太い男の声じゃなかった事に。
多分ドアスコープで確認しているのだろうと察しがついて、軽く頭を下げる。
ガチャガチャと音がして、ドアが開く。
俺が不審者に見えたのか(十分不審者だが)用心のためか、ドアにはチェーンが掛かっていた。
「・・・・・・酒井さん、ですか?」
「はぁ・・・こんな時間にすみません・・・」
「あの、パスワードを」
チェーンの隙間から部屋着の彼女が言った。
一瞬何を言っているのかと思ったが、それを指すのは一つしか思い当たらず。
「・・・・・・××××××」
周りに人が居ないと分かっていても、声を潜めて早口にパスを告げた。
彼女は一つ頷いたと思ったらまた口を開く。
「予定していたクリスマスライブの一曲目は?」
「は?」
「一曲目です」
「・・・は?え、クリスマスライブ?」
「・・・・・・」
「あー?・・・一曲目?」
なんだそれは。ライブ?一曲目?
確か、曲順がきちんと決まったのは二週間前で、一部変更になったのがついこの間。
・・・で、一曲目が何か?・・・・・・なんだっけ。
「・・・・・・」
意図も掴めず曲も思い出せずで答えに窮していると、そのままドアが閉められた。
うっわ。マジで。
そう思ったら、すぐさままたガチャリとドアが開かれた。
「あの、すみません。どうぞ・・・」
今度はチェーンが外されていて、申し訳なさそうに彼女は中を示してみせた。
「・・・・・・」
全く状況が飲み込めず、間抜けな顔で彼女を見返す。
彼女は苦笑した様子で、大丈夫ですから、と俺を促すように言った。
「はぁ・・・」
曖昧に返事をしながら足を踏み入れる。
マンション独特の少し狭い玄関口。
彼女は寒そうに俺の横からドアを閉め鍵を閉めると、またチェーンまで掛けた。
どうしたらいいのか分からず、彼女を見る。
「あ、どうぞ」
「あ、どうも・・・」
頭を下げて、先に廊下を行く彼女に続いて靴を脱いで部屋へと歩く。
よく分からない展開に本当に怖いお兄さんでも居るのだろうか、と内心構える。
リビングへらしいドアを開いた。
「酒井、お前マジ遅ぇって」
・・・・・・は?
「ホントさすがにもう来ないかと思ったよ酒井さん」
「あ・・・アンタ達何してんの」
怖いお兄さんが居るよりも予想外だった。
「お前こそ何してたんだよ、こんな・・・つか三時だぞ三時!遅すぎだろ!」
時計を指差しながらソファに座っている男に、俺はとてつもなく見覚えがある。
その隣りに座っている男も、テーブルの反対側に居る二人も。
「北山なんか十一時には来てたぞー」
ソファの男が拗ねたような声を出す。
自分の悶々とした心配がまるで無駄だった事を知るに十分な姿。
「来てたぞー・・・、じゃ、ねぇよっ!何してたんだよってそらぁこっちの台詞だっつうに!」
状況把握を遠くへと投げ打って、思わずそう怒鳴った。
相手――村上は、驚いたように大げさに首を竦める。
その周りで先刻それぞれ家に帰ったはずのメンバーが笑う。
「そりゃそう言われるに決まってるよなぁ、俺も思ったもん」
村上の隣りで黒ぽんが苦笑する村上の肩を叩いた。
当然だとその向かいで安岡と北山がまた笑った。
「・・・・・・」
誰か、説明してくれ。
「あの、座っていいですよ?」
横から声がして、もう一人部屋に居る事を思い出す。
さん。
彼女はキッチンで飲み物を用意しているようで、俺に空いているところへ座るよう言った。
北山と安岡がクッションをずらしながら場所を空けてくれたので、お礼を言いながらそこへ腰を下ろした。
ニット帽とコートを脱ぎ、他の連中の荷物がある後ろの壁際へと置かせてもらう。
大きくないローテーブルにはところ狭しと食べ物とつまみが陳列している。
「・・・・・・で?」
軽く嘆息しながら、ソファの上の村上へと視線を投げた。
「お前が最後」
「だからなにがどうなって俺が最後なんだよ、過程を話せ過程を」
飲み込めない状況に少し苛つき眉を寄せて、きっと全てコイツのせいだろうとばかりに村上を見る。
「ユージの言う通りだよ、そろそろ何があったか聞かせてよ」
北山も真面目な顔で言うので、俺は意外に思ってそっちに目を向ける。
横の安岡が俺に気づいて、苦笑した。
「俺達もまだなんも聞いてないの。全員揃ったら話すって言ってて」
「そう、なのか?・・・てか、大体なんで安岡達は居るんだ?」
「・・・みんな同じこと考えたからでしょ」
「は?」
「酒井さんもちゃんが怪しいと思ったからここに来たんでしょ?」
「・・・・・・あぁ、まぁ。ってことはお前らも?」
「うん」
なるほど。とひとまず納得すると、自然と村上に視線が集まった。
村上はまだ茶化すように笑っていたが、俺達の雰囲気を悟るとつまらなさげに口を尖らせる。
そうして、奴はスッと真面目な顔になるのだ。
back/menu/next
リアルタイムニュース