waited news − side MURA −
テレビの音を煩くない程度に絞り、する事なく俺はソファに座っていた。
落ち着きなく数分置きに見やる時計の針は九時十五分を指している。
夕方が出かけていった後、テレビで繰り返し放送されるPromiseを聴きながら、思考を繰り返す。
これからどうするか、状況によっては俺『村上てつや』はそのまま死亡扱いされ、裏でひっそりと『仕事』をする事になるだろう。
「・・・・・・嫌だわぁ」
ため息と共に漏れた弱気な声に、自分で苦笑する。
食うに困るわけではないが、ひっそりと生きるなんて性に合わなさすぎる。
何より、ゴスペラーズで歌が歌えないというのは、俺にとって酷く物足りないに決まっている。
本当にそれだけは勘弁だ。
見るでもないニュース番組を見つめながら、心底祈るような気持ちでまだ若い女の子を考える。
自分の後の人生を全て託した存在、不安や心配がないとは言わないが、彼女がどこか協力的だったのもあり託したのだ。
何かの罠だろうかと最初は疑ったが、そうではないとの素振りを見て判断した。
確証は、ない。言わばこれは俺の勘であり、賭けだったと思う。
があまり気負わないようそういう素振りは見せなかったが、内心困惑が絶えなかったのも事実だ。
「・・・・・・」
上手くいくよう祈るような気持ち、俺の生死の連絡を待っていた時のあいつらもこんな感じだったのだろうか。
また時計を見る。先ほどから二分も進んじゃいない。
から七時半過ぎに一度連絡があり、今駅の傍のファミリーレストランを出たところでこれから火葬場に向かう、と。
パソコンから印刷した地図を持たせてあるから迷う事はないだろうし、そのまま順調に行けばそろそろ事を終えてもいい頃のはずだが。
そう電話を振り返って見た瞬間、電話は応えるようにコール音を鳴らした。
「・・・一回、二回・・・・・・」
跳ね上がった心臓を抑えながら、コール音を数えつつ立ち上がり、電話へと近づく。
「三・・・・・・、四・・・・・・」
留守番電話に設定されているそれはカチャリと音がして、淡々とした女性の声が流れる。
すぐに電話を取って、以外の相手だったら都合が悪いのでこうやって相手を確認する、と事前に打ち合わせてあった。
ピー、と甲高い発信音がして、
「です」
控えめな待ちわびた声に慌てて受話器を手に取った。
おう、とごく軽い調子で出る。
すぐに報告が聞けるのだろうと相手の声を待った。
「あ」
「・・・あ?・・・・・・?」
何かに驚いた声、次いでごそごそと擦れる音が電話越しに聞こえてきた。
怪訝に思って呼びかけるが返答はない。
だが、間違い電話や悪戯電話なわけはないので、もう一度呼びかける。
「オイ、どう・・・」
『良かった』
声がした。
『ごめん、電話しようとしてた?』
俺のよく知っている、俺がベースボーカルに育てた通る低い声。
状況を把握し、俺は受話器を耳に強く当てて聞く事に徹した。
『あ、いえ、大丈夫です・・・』
『そう・・・・・・、あのさ、いきなりこんな事聞くのもどうかと思うんだけど・・・』
声質の硬い北山の声に、俺はすぐに察する。
『住所とか連絡先、教えてくれるかな?』
『え・・・』
『ここに来るのも大変だったんじゃないかと思って』
『あ・・・え、ハイ・・・』
『てっちゃんの恋人だし・・・、てっちゃんに関して何かあったらすぐに連絡出来るようにって思ったんだけど・・・』
『あ、ありがとうございます・・・、お願いします』
俺は午前中、に最低限の注意をした。
一つは、さり気なくメンバーだけに家の住所を教えてくる事。
今の会話の流れからして、はそれが出来なかったのだろう。
「・・・・・・」
メンバーがの事を疑うのは分かっていたから、上手くから聞き出してくれると予想していた。
それがドンピシャだったというわけか。
電話の向こうで、住所をメモ帳か何かに書いて渡している様子が窺えた。
『ありがとう、これは実家?』
『いえ・・・、今は一人暮らしです』
『・・・今は、って事は前は・・・』
『・・・・・・兄と暮らしてました。出て行ってしまいましたけど』
北山の得意とするさり気のない探りに、の少し沈んだ声が聞こえる。
行方不明だとはさすがに胡散臭く思われそうで言えないだろう。
注意の二つ目として、俺達が恋人だという設定以外の嘘を言わないよう言ってあった。
俺が隠れて大切に付き合っていた彼女が、という設定。
他の細かい設定はがメンバー達の質問に対応しやすいように、本人任せてある。
全てを嘘で固めるよりも真実の中に嘘を込めた方がバレにくいのだと、経験上実感しているから。
『出て行った・・・?』
『・・・・・・ハイ』
『・・・そうなんだ』
多分、さらに深く突っ込もうとして、の表情を見てやめたのだろう。
その様子が目に浮かんで、偶然かわざとか分からないが、報告よりも分かりやすい実況中継の状態に内心感謝した。
少しの沈黙が伝わる。
・・・・・・危ねぇなぁ。
口に出さずに思った。
『あの、じゃあそろそろ・・・』
俺の三つ目の注意を忘れていなかったのか、単純に仕事が済んで早く帰りたいのか、はそう言い出す。
『、ちゃんだったよね』
『・・・はぁ』
遠い北山の声のトーンが変わったのに気づき、顔をしかめた。
北山が女性関係の情報収集を割り当てられやすい、その理由をリーダーの俺はよく知っていたから。
『これ、俺の携帯番号・・・。出来ればちゃんのも教えて貰えるかな?』
『え・・・、あ、ごめんなさい・・・携帯はちょっと・・・』
『・・・やっぱり恋人の仲間って言ってもそう簡単に教えられないよね』
あーあ・・・。
『ごめんなさい、そういうわけじゃないんですが・・・』
『いや、こっちこそごめんね。・・・・・・でも、出来れば俺の番号知っていて欲しい』
『・・・・・・』
北山の声が一番近く響いた。
『一人で泣いて欲しくないから』
携帯がどういう状況なのか分からないが(多分ポケットかバッグの中だろうけど)、北山の声の大きさからとの距離を憶測できた。
『はい』
『・・・・・・っ、あ、ありがとうございます・・・』
の声はどう聞いても動揺しまくっていて、これだから恋愛のマジシャンって嫌だわ、と髪をガシガシ掻いた。
三つ目の注意に、特に北山に気をつけろ、と言っておいたのにこの効力。
いつもなら頼もしく思うのだが、こういう時厄介なモノだと改めて認識した。
その後慌てたようにがその場を後にする様子を受話器越しに聞く。
歩く音、扉の開閉の音、雑音、車の音、しばらくそれらを無言で聞いていると、突然大きくガサゴソと擦れる音がした。
『あ・・・、もしもし?』
ようやくの声がして、その声が少し息切れを起こしていて少し笑う。
「おう、お疲れさん」
『今の聞いてました?』
「うん、聞いてた。だーから気をつけろって言ったろ?」
『・・・びっくりしましたよ!耳元ですよ、耳元!あの人っていつもあんな感じなんですか?』
あー・・・耳元か、なるほど。俺もたまにその手使うわ。仕事にじゃないけど。
「いつもっつーか・・・あれが情報収集の手段なんだよ」
『手段・・・・・・あぁ、もう・・・本当にびっくりした』
「ククッ・・・まぁ、お疲れ。帰って来いよ」
『ハイ。あぁ、ご飯食べました?帰りコンビニ寄りますけど何かいりますか』
「食った。けど腹減ったから、なんか夜食頼むわ」
分かりました、と受けるに、領収書貰えよと笑った。
受話器の向こうで車の騒音に紛れながらもクスクスと笑ったのが聞こえて、本当に恋人の会話のようだとそっと苦笑する。
「んじゃ・・・、後つけられるなよ?」
静かな了解が返ってきたのを確認して、受話器を耳から離した。
受話器を置いて、細く息を吐く。
ひとまず作戦が上手くいったようで、安堵した。
「・・・・・・」
そして、振り返ると目を細めてリビングの隣の部屋へと足を運ぶ。
そのまま、部屋の隅にあるパソコンの電源を入れた。
昨日このパソコンを使っていて、一つ気になった事があった。
ヴン、と音を立てて、中のファンの回る鈍い音が部屋に響く。
回転の利く椅子に座り、パソコン画面を眺めながら立ち上がりきるのをしばし待つ。
「・・・・・・」
何の変哲もないデスクトップ画面が映ったのを確認して、マウスを動かした。
昨日、俺の葬式の行われる場所と、それの近くの都合の良さそうな火葬場を検索したのだが。
癖、というのだろうか。
行方不明になったらしいの兄貴の人物像が見えてくるかと思い、興味本位でファイルを覗いてみた。
本音を言えば、の兄貴の消息を探せないかとその彼の情報を見たかったわけだが。
そこで見つけた、不可解なフォルダ。
「パスワード・・・」
一通り他のファイルに目を通した後に、またそのフォルダに浮かんでくるウィンドウの文字を読んだ。
の兄貴が使っていたパソコンの中身は変哲がなく、ブックマークされているサイトも作られた書類らしきものも『普通』だった。
逆に普通すぎてそこから人物がイメージできないほどに。
それらの中の、パスの掛かったファイルフォルダ。
一般的に言えば、他の誰かに見られたくないデータ、という事になるんだが。
「普通の掛かりようじゃねぇよなぁ・・・・・・コレ」
裏の職業柄、簡単なパスワード制のものは容易に解けるつもりだったのだがそれが出来ない。
まぁ、あまり人様の秘密を探るのは自分でもどうかと思うけれど・・・。
違和感。
しばらくセキュリティホールがないか、そこからパスが抜けないか探ってみたがどれも玉砕。
半分意地になっていたところもあるが、それでも解けないとなると逆にそのファイルが異物というより核に見えてくる。
さらに思いつく限りのパスワード打破を試してみたが。
「チッ・・・。んー・・・・・・これパスクラ要んなぁ・・・」
包帯が巻かれた頭をガシガシと掻く。
そしてふと視線を滑らせると、画面下の時計が思いのほか進んでいる事に気づいて、そこでシャットダウンした。
暗くなる画面、拭えない違和感と解けなかった悔しさに眉を潜めた。
完全に落ちた事を見届けると、椅子から立ち上がり部屋をぐるりと見渡す。
「何かねぇかなぁ」
パソコン内にないなら、この部屋から探せばいい。
直接本人の情報でも、今のパスワードに関するメモでも。
綺麗に整頓された部屋。家具らしい家具は真ん中にあるベッド、その脇の小さなブックラック、パソコンテーブルだけ。
昨日寝る前に覗いてみたが、社会現象になった本に料理の雑誌のようなよくあるようなものだった。
まだ痛む足首を庇いながら移動して、クローゼットの前に立つ。
が帰って来る事を気にしながら、クローゼットを開けた。
中は予想通りの男物の洋服、種類はあまりないがどれも清潔感のある・・・。
「ん?・・・・・・リーマンじゃねぇのか?」
奥の方まで開けてみるが、会社員なら持っていて当然の背広が見当たらない。
兄貴が何をしていたか聞いてなかったけど、スーツの必要のない職業という事だろうか。
思考を巡らせながら、クローゼットの下半分の引き出し部分を開けてみる。
そこからはそれ以上の情報は見て取れなかった。
もう一通り部屋を物色してみたが、妹と二人暮しだからなのか、男の部屋の必需品と言っていい類の物も見つからなかった。
実に模範的な好青年、雑誌からしてみて料理好き、そんな印象しか掴む事が出来なかった。
部屋の電気を消してリビングへ戻り、ソファに座る。
見ていなかったテレビが、夜のニュース番組を映している。
そこには当然のように俺の葬式の模様、簡単なお悔やみ。
そういえば、お袋達は俺の死亡をどう思っただろう・・・。葬式で涙させてしまっただろうか。
今俺が生きているにしろ、心配掛けたに違いなく。
この事が一段落したら両親に全てを打ち明けようか。俺が生きて帰れても、このまま死んだ事になったとしても。
「はぁ・・・・・・腹いてぇ・・・」
口にするほどでもないが、声に出して自分のわき腹に手を当てる。
シャツの上から包帯の感触を確かめ、今更ながら生きている事に酷く安堵した。
ガチャガチャと玄関の方から音が聞こえ、意識を浮上させる。
ソファからよっこいしょと痛みを気にしながら立ち上がり、玄関まで歩いていく。
「ただいまー」
扉の鍵を閉めながら喪服のが言った。
その手には大きなコンビニ袋。どんだけ買ったんだ、コイツ。
「おー、おかえり。お疲れ、悪かったな」
俺が出迎えに来るとは思わなかったらしく、は少し驚いて見上げてきた。
「塩、撒いとくか?」
「・・・ふふ、別にいいですよ」
「なーんか一杯買ってきたな」
言ってコンビニ袋を持ってやろうとしたら、靴を脱ぎながら断られた。
「傷に障りますよ」
「んだよ。これくらい大丈夫だよ、っとぁだ・・・!」
さらうように袋をかっぱらってみれば、予想以上に重く、そして予想以上にわき腹に熱いものが走った。
「ちょっ、大丈夫ですか?」
「あぁあ・・・、お前何買ったんだよ・・・」
情けなく壁に寄りかかり荷物を降ろすと、それの中身が見える。
「村上さんが何食べたいか分からなかったから、適当に色々買ってきちゃいました」
「適当っつったって、お前」
は笑って、重そうに袋を持ち上げるとリビングへと運んでいった。
それの後に続いて、ローテーブルに荷物を置くを見て、あ、と気づく。
「つか、てっちゃんって呼べよー」
コートを脱ぎながらが振り返って、少し呆れたような苦笑。
「だって、演技はもういいんですから・・・」
「俺との仲じゃないのよ」
ソファに腰掛けながら袋を覗き込む。
「どんな仲ですか。あぁ、プリンは食べちゃ駄目ですよ」
「買ってきたのかよ。お、俺これがいい」
「どれでもどうぞー」
言いながらは自分の部屋に着替えに戻った。
「・・・・・・どうでっかな・・・」
チキンマヨネーズおにぎりのフィルムを剥がしながら呟く。
長い夜が始まる。
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