weep news −side KURO and other−


デビュー当時に比べればはるかに着慣れたスーツというものに袖を通す。
だが、お洒落や仕事の時のような高揚感はなく、ただひたすら重いモノに包まれた気分だった。
黒いスーツなんて沢山着た。黒いネクタイだってそれこそ同じような回数ほど。

スタッフのほとんどが鎮痛の面持ちで忙しさに翻弄される。
どのスタッフも黒くて、いつもの華やかな仕事場とは大分違う。
忙しいのは俺達も同じだが、それでも覇気などあるわけもなく自然と会話も減り沈黙してしまう。
それを誰も咎めるはずもなくで、結局こうして楽屋で四人あまり動かずに各々物思いに耽っているという状態。

突然だった、と思う。
虫の知らせもなく、何かの予感もなく、言わば青天の霹靂だった、と。
けれど、覚悟はあった。十年くらい前に決めた覚悟が。
だから、突然だったというにはあまりに長い時間を過ごしたものだと、よく分からない事を思って笑った。
一昨日、早朝に電話を貰った。
それからはよく覚えていない。
祈るような気持ちで警察の連絡を待ったし、その間も確認後も“これから”の事を話し合ったんだと思う。
そうして、誰もあまり眠る事が出来ず、ひたすらに今後の事と、今日の告別式の事の打ち合わせをした。
もうすぐで『村上』の遺体が到着し、公開告別式が始まる。

覚悟があったおかげかまだ信じきれないせいか、俺の頭はそれほどに混乱はしていなかった。
戸惑いはあったしショックもあったけれど、それでも酷く冷静な自分が居て、そちらの方に少し困惑した。
村上とは一番古い付き合いなのに。
幸か不幸かゴスペラーズはただのアーティストグループじゃない。
いわゆる裏の組織の情報収集機関の一つでもある。そしてそこに所属する俺達はよく知っている。
情報の改ざんは本当にたやすい事を。
だから警察の発表が半信半疑であり、逆に裏の組織だからこそこんな事が有り得るのだと思うところもあるのだ。
そしてその真偽を、告別式の後の火葬場で俺達四人で確認する事になっている。

「ねぇ、もうすぐ始まるよ」
低い声が楽屋に響いた。
俺が床から視線を上げると、きちんと喪服に着替えた北山が立っていた。
部屋の隅でパイプ椅子に座っている酒井も、ソファに座り手を組んでいる安岡も顔を上げた。
二人とも疲れと焦りとが入り混じった表情をしている。
「・・・ヤスもユージも早く着替えなよ」
淡々とした静かな声。
「分かってるよ・・・」
安岡の小さな声が返ってきて、ソファに掛けてあったネクタイを手にとってつけ始める。
まだ全く着替えていない酒井は視線を伏せて応えないが、すぐに着替え始めるだろう。
俺はソファの背もたれに軽く腰掛けていたのを浮かせて、北山に近づく。
「挨拶すんの俺?」
「いや、全員。でも初めは黒ぽん」
まるでライブのMCの順番を話し合っているような感じがして不思議な気分だった。
俺達が機能していない間に――いや、多少俺も動いていたけど――北山はやるべき事をこなしていたようだった。
一見、北山が一番冷静でいるように見える。
安岡は完全に参っているようだし、酒井は表面は普通の割りに苛つきが募っていた。
今も曲作り中に上手いフレーズが出てこなくて焦って苛々しているような、そんな顔をしている。
「ねぇ」
ソファから立ち上がった安岡が喪服を着ながら無関心そうな顔で口を開く。
「歌うんだっけ」
表情豊かな安岡らしくない能面のような顔で聞いた。
「・・・うん。一応好きに決めていいって言われてるけど」
「無理だよ」
答える北山を遮って否定が掛けられる。
北山が困ったように眉を下げたが予想はしていたらしく何も言わない。
「俺達、五人でゴスペラーズだよ。他の歌ならともかく、ゴスペラーズの歌を四人で歌うなんて出来っこないじゃん」
そんな事は百も承知だ。ここに居る十年間を共にしてきた全員が同じ事を思っているに違いない。
それでも、これは仕事だ。表でもあり裏でもある、ビジネス。
俺は少し嘆息して、自分と同じ背丈の安岡を見つめる。
「安岡ぁ・・・、分かってるだろ? 村上メインの曲じゃなきゃ何とかなるよ」
「・・・・・・」
「安岡」
説得するように名前を呼ぶが、安岡の眉間には皺が寄り、まだ納得が出来ない風だった。
これは仕事だと安岡は十分理解をしている、後は何か仕事だと吹っ切れる一押しが欲しい。
安岡がイエスともノーとも言わず葛藤している間、また重たい沈黙が部屋におりた。
それを破ったのは意外にも部屋の隅でまだ椅子に座っていた酒井だった。
「一つ思ったんだけど」
前のめりに座り、膝に肘を付いて組んだ手で顎を支えている。
俺達三人を見据えて、よく通る声がいつものトーンで響く。
「例えばさ、あの遺体が本当にリーダーだったとするじゃない」
安岡が露骨に眉を寄せるのを見て、酒井は手を崩し、まぁまぁと振った。
「そしたら、今ここで弔いの歌を歌わなかったら、祟られる気がしない?」
「・・・・・・」
三人、呆気に取られた顔をしたと思う。または怪訝な顔。
酒井は構わず続ける。
「あの人ならありえるでしょ。んでさ、村上が本当は死んでなかった場合」
アレンジをこうしない?と言うような軽い調子だった。
酒井のもったいぶった間に、俺は答えに気づき、あぁ、と心で頷く。
酒井はテレビを点ける真似をする。
「ポチッ。・・・あー?アイツら歌ってねぇってどういうことだよ。仮にも俺が死んだのによ!・・・と、なる」
俺が考えたのと同じようなアクションに、思わず噴き出す。
横で一拍遅れて北山も大爆笑した。
安岡だけが複雑そうな表情で酒井を見つめて、酒井は少し満足そうに立ち上がって衣装掛けへと足を向ける。
「まだ決まったわけじゃないし。なんか・・・あの人殺しても死にそうにないっつーか、そんな気が俺は・・・する」
散々考えて出した答えなのか、酒井は背を向けたままそう言った。
「実は俺もそんな気がするんだよなぁー。村上だったら死ぬ間際に絶対俺らんとこ全部挨拶回ってから逝きそうじゃない?」
「あっははは!てっちゃん、律儀!」
俺と北山が笑っている間に、気持ちが決まったのか、安岡は拳をギュッと握り改めて顔を上げた。
「ん」
いつもの、らしい安岡の表情になって、スーツの襟を直して気合を入れた。
・・・うん、良かった。直ったみたいだ。
「で、何歌うの?」
無理だ、と言い切った安岡がそんな事を聞くものだからまた少し笑う。
シャツに腕を通した酒井も加わり、選曲を始めた。







テレビがどこかの大きな葬式会場を映し出す。
ファンらしき黒い長打の列、多くの報道陣。
「なぁ」
二日しか経ってないというのによくこんなに準備が出来たものだと、画面を見ながらは思った。
普通の葬式とは規模が違うのだから準備にだって時間が掛かるだろうに。
「ねぇ」
テレビい映る人は誰もが悲しそうにしながら突然の別れに涙している。
ちゃーん・・・ねぇ、怒ってんの?」
「・・・怒ってないですよ」
ただ、少し呆れてるだけです。と嘆息。
は村上の言われたとおりに喪服に着替え支度をしていた。
一方でより早く起きていた村上は朝からテレビ中継を追いっぱなしだった。
どこもかしこも『ゴスペラーズリーダー突然の事故死』とタイトルされる文字が行きかう。
ファンの声として泣き崩れる女の人が映ったりもしていたのに。
「悪かったよ、勝手に食ったりして」
渦中の当人のはずの『村上てつや』は、が起きる前に冷蔵庫にあったのプリンを無断で食べたのだった。
22にもなってプリン一つで腹を立てるのも大人気ないと知っている
しかしそれとは別に村上の死を悲しんでいる人達が哀れになってくる思い。
溜息の一つもつきたくなるものだ。
「だから怒ってませんって。いいですよ、後でまた買ってきます」
「そうか?ごめんな。あぁ、そういえばさ」
今度は何だ、と視線を向けると、村上は自分が寝ていたベッドの方を示して言う。
「時計。あそこの目覚まし時計動いてねぇぞ」
「あー、あれは前から止まってるんですよ」
「朝起きた時寝過ごしたと思って焦ったのよ、俺」
「あれ両親の形見なんですよ。電池も母が買ってきたものだからって兄が新しいのにしないんです」
「・・・ふうん、そっか」
どうでもいいような話を交わしながら、身支度を整える。
やがて時刻は夕方の三時半を回った。
おごそかに静かに式は始まる。
天気の良くない寒空の中、テレビ向けの壇上に四人が神妙な顔をして現れた。
一人ずつマイクを手にしているのが映る。
四人となったゴスペラーズがゆっくりとお辞儀をして、うちの一人が一歩前へ足を進めた。
『・・・えー・・・、僕達ゴスペラーズは・・・五人でずっと十年以上活動してきました』
『黒沢 薫』とテロップの出た男の人が落ち着いた声で喋り始める。
チラリと横の村上の表情を窺ったが、複雑そうに口の端を上げていた。
『まだ実感がないというか・・・、ひょっこり帰ってきそうな感じがするんですね・・・』
後ろに立ち打つ向きがちだった三人のうちの端の人が黒沢同様に少し笑った。
本当にその通りになることをは知っているので静かに苦笑した。
『・・・僕達はずっと歌ってきました。なので、ゴスペラーズリーダー村上と初めて出したデビューシングルを・・・』
黒沢と村上の口が同じ形に動く。
『Promise』「Promise」
聴いてください、と黒沢が続け歌の体勢に入る。
「ま、妥当な選択だな。黒沢がメインだし」
声が重なった事など当たり前の事のように触れずに、村上はそう言って笑った。
「・・・・・・」
「あ、準備出来たか?これ聴いたくらいで出発だぞ」
「大丈夫です」
村上が調べたという火葬場は式場から車で数十分のところで、は直接そちらに向かう事になっている。
告別式が始まるまでに手順と段取りは打ち合わせて頭に入れた。
不安に思うことは沢山あるが、やるしかないと言われればに断る事は出来なかった。
が段取りを思い浮かべていると、テレビからメロディが流れ出した。
テロップが『Promise』と曲名を映す。

澄んだ声が冬の空へと響き渡る。
いつもであればそこに立ち歌っていたはずの村上は口元を手で覆い隠しながらそれを睨むように見つめていた。
村上からメロディが流れる。
鼻歌程度の音量で、合わせるように揺れる。
「ん〜・・・ふ〜」
仲間が死んだと信じてるかもしれないメンバーが捧げんと歌う歌。
それに合わせハモる捧げらる側の村上。
酷くシュールなように思えたが、歌い返す村上の姿にとても自然で強いものを見た気がした。
「ん〜・・・・・・あ?」
テレビに構わず村上を眺めていたら、その村上が怪訝そうに眉を寄せた。
途端にテレビが騒がしくなり、重なっていた音が剥がれた。
少し円を描いて立ち並んでいた、一番左端の人が口元を抑え顔を背けている。
傍目に見ても彼が涙を零しているのが分かった。
それを気遣うようにすぐ隣りの背の低い人が手を伸ばす。
「・・・・・・」
村上が酷く苦く笑う。
一瞬途切れるかと思ったが、黒沢のメインメロディが強く響き、それに続くように他の二人が持ち直す。
少しして泣き出した人も堪えた風でマイクに音を乗せた。
それを見て、村上が満足そうに微笑んだ。
「やっぱ黒沢は強ぇわ。北山もいつもは冷静なんだけどな・・・って、オイ・・・安岡もかよ」
言った通りに、泣いた人――北山に手を差し伸べていた男もつられるようにして顔を歪ませていた。
大の大人がしかもアーティストが歌っている途中で泣き出してしまうほどに慕われているのが分かる画なのだが。
今度は困ったように村上は髪を掻いて、また苦笑した。
「撤回。やっぱ駄目だな」
「・・・・・・“ゴスペラーズには俺が居ないと”?」
零した言葉を拾ってみると、村上は驚いたようにに顔を向け、フッと口角を上げた。



「それじゃあ、行ってきます」
「おう、気をつけてな」
「・・・はい」
玄関まで村上がやってきながら、真面目な顔のままを見た。
「ホントに・・・あー・・・巻き込んでごめんな」
あれをしろこれをしろと散々言ってきたその口で謝るものだから、思わず笑ってしまった。
「って、なんで笑うんだコラ」
「ははは、いや・・・。なんでもないです。大丈夫です」
「上手くいってひと段落ついたら、なんかお礼すっから」
「・・・上手くいったら、ですね」
「あぁ、上手くいったら、だ」
「頑張ります・・・」
「おう、頑張ってくれ」
靴を履いて互いに笑うと鞄を肩に掛けなおし、もう一度いってきますと言った。
いってらっしゃい、と兄の声で返され、はニコリと笑いながら玄関を後にした。





backmenunext


涙するニュース