expected news −side other−
食べ終えた皿を片す間も村上はソファから話す。
他愛のない話のように聞こえるのは彼の口から軽く漏れるからだろうか。
実際、他愛のあるようなないような思い出話も混じっていた。
メンバーの安岡という人が盲腸だとしてライブに病人姿で立った事があったらしい。
しかし本当は情報収集の際にしくじったからだった、と村上が笑う。
ポツリポツリと喋りながら村上は再びテレビのリモコンを操作しニュースを渡る。
片づけを終えてまた新しい紅茶を淹れ、カップを持って同じ場所へ座る。
少し甘いものが欲しかったので、ミルクティーに砂糖を入れた。
ニュースキャスターがまた似たような報道をしている。
『クリスマススペシャルライブまで十日に迫った矢先の―――』
村上が大きく舌打ちをした。
小さめのライブ会場を借りてのクリスマス特別ライブが予定されていたのだ。
裏の計画があると言えどゴスペラーズは歌好きが集まったグループ。
歌う事に関しては仕事同様に妥協しないという姿勢を言葉の端々から感じた。
「ライブ、やりたかったですか?」
聞くと険しい顔に苦い笑みが浮かんで、彼は何も応えなかった。
速報、の文字が躍る。
村上の顔から笑みが消え、目を細めた。素早く音量を上げる。
『えー、ただいま最新情報が入りました。警察によりますと、遺体の歯型は村上てつやさんの物と一致―――』
は目を見開いた。その横で村上は口元を手で隠すようにしてテレビを睨んでいる。
「思ったよりも早かったな・・・」
漏れた低い声にテレビから村上に振り返った。
「本当に・・・」
情報の改ざんが。唖然とした気持ちでそれだけ口にすれば、頷かれた。
『事務所やメンバーの会見がこの後五時頃から始まるという―――』
テレビの端に映る数字は三時過ぎを示している。
一通りの速報を見ると、村上はソファにもたれ掛かった。
背筋を伸ばそうとして脇が痛んだのか顔をしかめ脇腹を押さえた。
テレビから目を離して、村上に目をやり、意を決して口を開いた。
「村上さん」
「・・・『てっちゃん』」
「・・・はい?」
髪を掻き揚げながら何かを言った村上に聞き返す。
彼はまた悪戯を思いついたような顔を抑えるような、そんな様子で口の端を上げていた。
「『てっちゃん』って呼んでくんなきゃ返事しねぇ」
てっちゃん?と訝って、それが彼の名前の『てつや』の愛称なのだろうと思い至る。
そして村上を見返して、少し呆れる。
「なんで・・・」
わざとらしく顔を逸らされ、煙草吸いてーと意味の無い事をぼやく。
本当に返事しないつもりらしい。
―――子供か、この人は・・・。
「・・・てっちゃん」
静かに呼べば、すぐさま振り向き、何?と笑顔。
大の大人、しかもアーティストグループリーダーの言動だとは思えなくて、思わず苦笑いが漏れた。
「なんで『てっちゃん』って呼ばなきゃなんですか?」
承知しているように頷いて、彼の顔から少し笑みが引いた。
「お前が俺の女になるから」
は、と短く返す。
「話飛んだな。・・・正確に言うとだな、には俺が周りに内緒にしていた女・・・彼女の振りをして貰いたいのよ」
「・・・あぁ、そういう・・・・・・え?」
一瞬納得しかけて、また疑問が口をついた。
村上は軽く笑う。
「説明するから、まぁ聞け」
「・・・はぁ」
どこから説明すればいいのか、と村上は思考するように黙る。
そして、糸を見つけたようで語り始めた。
「俺を襲った奴らが何者かは分からない」
そう言った村上の顔をは意外な思いで見返す。
だが、と続けた。
「問題はそこじゃない。問題は俺が襲われた事にあるわけ」
「・・・村上さんが襲わ・・・てっちゃんが襲われた事が問題っていうのは・・・」
言葉の途中で村上の眉が上がって、はハッとして言い直した。
「俺らの『仕事』を知っている奴は限られている、っつーことだ」
「・・・・・・・・・情報が、外部に漏れてる?」
村上が慎重に頷いた。
「誰が漏らしたかというのは今は知りようがねぇが・・・」
言って視線を落とす。
組織繋がりの知り合いの顔が村上の頭をいくつも通り過ぎる。
しかしすぐに結論付けるにはまだ確証があるわけではなく、疑い始めれば誰もが有り得そうな気さえする。
静かに嘆息した。
「どのみちだ。組織と連絡を取る必要がある」
「連絡・・・?誰に?場所がバレたらまずいって・・・」
「敵・・・裏切り者に知られるのは勿論まずい」
「誰が情報を漏らしたかは分からないんですよね」
じゃあ、とが首を傾けるが、それを笑んで村上が遮った。
「誰が漏らしたかは分かんねぇけど、絶対漏らさない奴らなら四人知ってる」
一瞬何を指しているのか分からず眉を潜めたが、テレビの音が通過し思わず息を呑んだ。
「・・・ゴスペラーズ・・・・・・」
「正解」
彼はどこまでも楽しげに歌うように言った。
ゴスペラーズというグループがどういう人間関係を築いているのかが知るわけもない。
ましてや名前は知るものの、何人居るかさえ知らなかった状況ではそれは一層だ。
村上はゴスペラーズの後のメンバーは信用出来ると断言した。
にはそれを確かめるすべはない。
それを信じられるかどうかは村上という男を信用出来るかどうか、だとは思う。
「・・・今更だけど」
は白いため息を落とした。
商店街の端にあるクリーニング屋へ行った帰り道を自転車で走っていた。
は近々行われるであろう『村上てつや』の葬式への準備として喪服を用意しろと言われた。
以前遠い親戚の葬式に出席した後に、預かりもしてくれるクリーニング屋に預けておいたままだったのを思い出したのだ。
「声以外似てないんだけどな・・・」
苦笑を漏らした。
村上はの好きな兄とは声質以外共通点がないと言ってもいい。
の兄、陽介は温厚で優しく、家事が好きな人だった。料理も陽介の方がずっと上手だった。
一方の村上は、いかにも偉そうであり威圧的であり、その癖に『てっちゃんと呼んで』とのたまい、さらに時々おねぇ言葉が混じる。
陽介とは喋り方も出で立ちも――身長は同じぐらいだが――似るところなどありはしない。
よく考えればは村上の願いなど断ってもいいはずなのに。
それが出来ないのは、村上の否と答えさせない雰囲気があるからだろうか。それとも。
「・・・やっぱ声・・・かな」
小さく小さく呟いて、は何ともいえない苦い顔をした。
村上を兄の代わりだとは思わないが、それでも、兄と似た声が部屋から聞こえるのはとても居心地が良く思える。
明らかに危険な事にすら手を貸してしまうのは、少しでもその居心地の良さを逃したくないからなのかもしれない。
そして、もしかしたら、と思う。
消息もつかめないまま一年が過ぎようとしている今、声の似た村上がの家に転がり込んできた。
それが本当に偶然だとしても、必死でが一年近く探してきて何も動かなかったものが、動き始めるのではないかという予感。期待。
もしかしたら、陽介も帰って来てくれるのではないか。もしかしたら、良い方向へ転がるのではないか。
そのきっかけを村上に期待している節が僅かだがある。
そんな自分の考えに嘆息混じりに笑う。
村上を信じるか信じないか以前にすでに期待してしまっているに選択権はないのかもしれない。
夕食の買い物も済ませ、マンションまで戻る。
ご飯を炊くのが億劫なので大量に麺を茹でてパスタで済まそうと思っている。
一人の夕飯なんかに気を遣いはしないものだから、いつもこういうメニューになりがちだった。
「・・・お肉と野菜を炒めて・・・・・・、多分コーンスープの素残ってたし・・・」
献立を考えながら、エレベーターを降り部屋へ向かうとなにやら話し声が聞こえてきた。
足を進めるとその声の主がお隣の佐藤さんのだと分かる。
「あのーどうかしましたか?」
の部屋の前でインターホンに向かって喋っていたおばさんが振り返る。
を見て破顔して、また大きな声でインターホンに向かう。
「あらぁ、陽介君、ちゃんが帰って来たわよ!」
「・・・あの?」
インターホンからだるそうな男の声が返ってくる。
『あ、本当すか?良かった。、悪いんだけどおすそ分けらしいから受け取っといてくれ』
言われた事に首を傾げて佐藤さんを見れば、ニコニコと世話好きの笑顔が浮かんでいる。
「これ、お料理教室のなんだけど、ちょっと作りすぎちゃって」
「あぁ、どうもすみません、いつもいつも」
手渡された蓋のされた皿には温かそうな酢豚が見えた。
本格的な料理教室を趣味とする佐藤さんにはよくこうしておすそ分けを貰っていた。
いいのよ、と佐藤さんが手を振り笑う。
「それにしても良かったわねぇ!陽介君帰って来て!」
「あ、はい・・・」
「会長さんに聞いたのよ、昨日はベロンベロンに酔っ払って帰って来たんですって?」
曖昧に苦笑して返す。
「丁度余っちゃった分を渡すがてら陽介君の顔を見ようと思ったけど」
言われてはギクリとした。
「そしたら二日酔いで人と会える状態じゃないって言うじゃない!」
「あー・・・本当すみません、わざわざ持ってきてくれたのに・・・」
ケラケラと笑い佐藤さんは、いいのよーと繰り返した。
別れ際にまたお礼を言って、インターホンからもお礼の声が聞こえた。
「マジちょいやばかった」
リビングに入ると、村上が背を丸めて笑った。
は苦笑しながら、喪服をソファに掛けて、酢豚の皿と食材をキッチンに持っていく。
「なんで出ちゃったんですか?出なくていいって言っといたのに」
「テレビの音が向こうに漏れてたんだと。ベランダから居るんでしょー?とか声掛けられてよ」
お節介焼きな佐藤さんなら十分に有り得る状況だ。
「二日酔いでやっとシャワー浴びた直後で出れないとかなんとか言って誤魔化したけど・・・お前が帰って来てくれてマジ助かったわ」
胸を撫で下ろすように息を吐いた村上に、切羽詰っていた様子が窺えては笑う。
「適当に二日酔いっぽい声出したんだけどよ、不審がってなかった?声違ってるとか」
「あぁ・・・大丈夫でしたよ」
「そうか」
冷蔵庫に材料を入れて、閉めながらは静かに苦笑した。
時計に目をやると、四時半を過ぎている。もうすぐで関係者の会見が始まる。
結局、会見にメンバーは姿を現さなかった。
事務所関係者が沈痛な面持ちで正式に『村上てつや』が亡くなったことを発表した。
テレビを睨んでいる本物を横にしているにしてみれば、悲しそうな関係者達が少し可哀想になる。
明後日の午後に公開告別式が行われる事を告げ、ニュースはスタジオに戻された。
は少し眉を上げる。
「明後日・・・?」
事故が発覚したのが朝、鑑定結果が出たのが午後。そして告別式が明後日の午後。
ソファに座る村上が少し笑い、チャンネルを変えながら応えた。
「中々早ぇな。本音を言うなら明日にでもやりたかったんだろうけど」
「なぜ?」
「俺の遺体を俺だと確認するために」
それはにも分からなくはない。きっと所属する組織では正しいデータがあるのだろうと思った。
だが、それであるなら何も告別式をしなくても警察なりに手を回せばいいのでは。
がそう言うと、村上は軽く唸る。
「んぁー・・・、確かに警察にコネはあるみたいだけどなぁ、ゴスペラーズのことはあくまで極秘扱いだしよ」
警察で確認するのはよろしくない、と。
はテレビが見やすいようにとソファの下に座っている。
なるほど、と頷いて軽く伸びをしながらソファ上の村上を見た。
明後日の夜にはこの告別式に参加しなければならない。正確にはその後の火葬場に、だ。
「あそこのパソコン使っていいか?場所調べっから」
背中を伸ばしたせいか、ふわぁ、とあくびをしたに村上が引き戸の向こうの陽介の部屋を指した。
「はぁ、いいですけど。でも・・・」
「だいじょーぶ、個人情報には触んねぇから」
「はぁ」
そう言ってまた会見の様子を映すテレビに目をやり、静かなままそれを眺めた。
ふ、と目を開ける。
「・・・・・・」
自分がいつの間にか目を瞑っていたことに気づき、夕暮れだった窓の外がもう真っ暗だという事に気づき。
「あれ・・・」
ソファの足元にもたれかかり寝てしまっていたらしい。
昨夜の睡眠時間を考えれば当然といえば当然だ。
薄い毛布がの体に掛かっているのを見て、ソファの上を見上げるが、掛けてくれたであろう本人は肘掛に肘を付き眠っていた。
テレビは音を小さくされたまま点いていた。
クスリと笑って、は立ち上がり、自分に掛かっていた毛布を村上の膝に掛けてやった。
少し体が反応して、細い目がうっすら開かれる。
「あ・・・、起こしちゃいました?」
焦点が定まらない風にを見て、少し掠れた声を発する。
「・・・・・・ぁー・・・俺まで寝ちゃったのね・・・」
髪をガシガシ掻いて、今何時よ、と時計を見る。
時計の針は八時近くを示していて、テレビはすでにバラエティ番組になっていた。
は急いで夕飯を作り、その間村上はシャワーを浴びた。
「やっぱシャワーだけだとちょっとさみぃな・・・」
「バスタブに浸かって血滲んだら危ないですよ・・・というかお風呂入ります?普通」
「髪もドロドロだしサッパリしたかったんだよ。こう見えても綺麗好きなのよ、俺」
パスタに缶詰のミートソース、それにコーンスープ。そしてお隣に貰った本格酢豚。
おおよそ見かけない組み合わせの食卓を囲みながら二人はどうでもいいことを喋る。
軽く笑う村上に、つられて笑い、一人で食べる食事よりもこうして二人の方がやはり美味しいとは思った。
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