Holy night news − side you −


12月25日。
冷たい強風もなんのそのでクリスマスムードは絶頂だった。
寒い、と呟いた言葉も風に攫われる。
かじかむ手を擦って息を吹きかけた。
朝から雲一つない快晴だったため、ホワイトクリスマスにはなりそうにないけどそれにしても寒い。
コートのポケットにしまっておいたチケットを取り出して、辺りを見渡す。
悲しげに、不安げに、ざわめく会場前の広場。
多くの女性に紛れて男性の姿も、報道関係者の姿もある。
みんなが待っている、ワクワクとではなく祈るような気持ちで。
一人欠けたゴスペラーズのクリスマスライブを。




それは前日、24日の事だった。
貰ったプリンもすでに冷蔵庫からなくなっている。
両方ともとても美味しかった。
プリンの甘さと上に載ったラズベリーの甘酸っぱさがよく合っていたのは酒井さんのプリン。
村上さんの、ブランデーシロップの染み込んだスポンジが入っているプリンも美味しかった。
あれから何の音沙汰もなくクリスマスイブになった。
駅前は益々クリスマスムードを色濃くしていたけど、その煌びやかさには温かさを感じられなかった。
一人分の夕食の材料、自分のためのショートケーキ。
一人きりのクリスマス、兄の居ない、家族の居ないクリスマス。
午後のテレビはどれもスペシャルの前振り番組ばかりで、楽しげな内容とは裏腹に私の気分は盛り下がるばかり。
ニュース番組ではゴスペラーズのクリスマスライブの事が度々取り上げられている。
今年で解散するのではないか、とまことしやかに囁かれているようだった。
本当にどうするんだろう、とぼんやりと考えていたらそれはやってきた。
ピンポン。
鳴ったチャイムに、反射的に村上さんの顔が浮かぶ。
立ち上がりつつ、それはないだろうと自分で首を振って苦笑した。
それでも期待は萎まず、返事をする声が少し弾んでしまう。
「宅急便です。サインかハンコをお願いします」
ドアを開けると緑色の服を着た青年が軽く頭を下げてそう言った。
「・・・あ、ハイ。じゃあ、サインで・・・」
拍子抜けの気分で応え、差し出された伝票にボールペンでサインをする。
ではこちらです、と渡されたのは大きな箱。
その大きさに不思議に思いながらもお礼を言ってドアを閉めた。
「んー・・・?」
差出人が書かれていない。
そもそもこの家に荷物が届く事自体珍しい。
しかもその宛て先が私になっていてさらに驚いた。
リビングに戻ってローテーブルに箱を置く。
綺麗にラッピングされた箱、クリスマスカラーではなくて白いツルツルの包装紙。
高級な匂いのする、ブランド物だと知れる外装だった。
不審さが増す一方で、書かれていない差出人に微かな心当たりがあった。
そろそろと箱を手にして、テープを剥がし綺麗に開けていく。
包装紙の中も同じ色の箱で、堂々とブランドのロゴが描かれていた。
恐る恐る蓋を持ち上げる。
「・・・あ」
それは、コートだった。
薄っすらとアイボリーがかった、白い綺麗なコート。
そしてそれに映えるように添えられた、真っ赤な薔薇が一本。
その対比がとても美しいと思えた。
緊張気味にコートを手に取り、その心地良い手触りに感嘆が口をつく。
「わぁ・・・」
ぱさり、とテーブルに何かが落ちた。
目をやればそれはコートと同じ色の封筒だった。
差出人からだろうか、とコートを箱に戻しそれを拾い上げる。
「・・・・・・」
封のされていない封筒を開けると、メッセージカードとチケットが入っていた。
チケットに印刷された文字を読んで、少し目を見張る。
慌てる気持ちを抑えてカードを取り出す。
あまり綺麗でないぶっきらぼうな字で殴り書きのように一言書かれていた。

Come on

「・・・ふふ」
思わず笑いが零れる。
ロマンチックと言うには実にキザったらしい。
それを素でやるような人だとは知らなかったけど、彼ならありえそうな気がした。
クリスマスプレゼントとも取れる贈り物は、嬉しさ割り増しになる。
チケットの日付は明日、25日。
クリスマスだと言うのに、相手の予定も確認しない有無を言わさない誘い。
むしろ断る事を許さない命令文だ。
「まぁ・・・予定ないけど」
カードの裏と表を眺め、贈り主の名前を探すがどこにもなかった。
しかし、確信出来る。
弁償すると言っていたけどてっきりお金で返ってくるものだと思っていた。
まさかコートで返ってくるとは。しかもどうみても前のより良い物だし。
とにかくコレを着て来い、と。兄に似た声が言うのを想像出来て、また笑ってしまった。




開場時間になって、チケットを持ったまま人の流れに任せて進んでいった。
入り口の人にチケットを見せると、少し驚かれ他の人とは違う方向を示される。
そこに居たスタッフの女の人が笑顔で対応してくれ、「STAFF」と書かれたパスを渡された。
首に掛けるよう言われたのでそのようにする。
特別扱いをされているようで恥ずかしいような外のお客さん達に申し訳ないような気分だった。
最後のライブになるかもしれない、とチケットを持っていないファンも会場外に溢れかえっている。
元々ファンクラブ限定のライブだったらしく、ライブ会場も小さめのところだった。
私は歌手のライブというのは初めてなのでどのくらいが小さいのかも分からないけど、列の後ろの人達がそう言っていた。
チケットの半券を持って自分の席を探す。
「ここ、かぁ・・・」
きっと関係者席なのだろうけど、特別見やすい席というわけでもなく、機材列の余ったスペースという感じの席だった。
開演時間までには余裕があったけれど、どう過ごしていいかも分からず結局そのまま席に座りっぱなしで待っていた。
徐々に埋まっていく座席を眺めているのは少し面白かった。
そのほとんどの顔に、表で見たのと同じような悲しみが見え隠れしている。
中には本当に泣いている人まで居た。
無理もないとは思いつつ、きっと登場するであろう村上さんを見たら彼女はどんな顔をするのかを想像すると苦笑が漏れた。

ふ、と会場内に流れていた静かなメロディが止まった。
次いで徐々に照明が暗くなっていく。
期待の喜声がさざ波のように場内を満たし、そして引いていく。
完全に真っ暗になった。
息を呑んでステージを見つめる。

『鼓動が』

重ねた声。

『高まってくる』

脳髄を痺れさせんばかりに響く低音。
黄色い歓声が上がった。
ベストアルバムには入ってない曲だから私は初めて聴くけれど、タイトルは知ってる。
―――「予定していたクリスマスライブの一曲目は?」
この問いに、北山さんと安岡さんの二人が答えた。
「或る晴れた日に」

『時間が 迫ってくる』

着実に迫ってきている。死んだはずの男の復活。
そのハーモニーに混ざっている有り得ない声にみんながざわめき始める。

『みんなが 待っている あの場所へ』

ライトがステージを射す。
照らされたステージ奥の段上に人影が現れた。
席から歓声と拍手が沸く。
一人、また一人とライトの下へ姿を見せる。
一人、二人、三人、四人。

『行こうか』

五人。

『絶対会えるよ』

私は彼が現れた瞬間、爆発的な歓声が上がると思っていた。
けれど、実際はその姿、その声に驚愕している様子で静まり返った。

『行こうか』
『間違いないって』

段上に揃った五つの姿。
真ん中に立つグラサンの男が、大きな悪戯に成功したようなそんな笑みを浮かべていた。

『神様』

一拍、息を吸う音。

『届いていますか!』

天に向かって差し伸べた手。
それに誘われるように会場が揺れた。
一瞬のどよめきの後、本当に爆発的な喜びの声、悲鳴、奇声、拍手。
客席の反応に満足したように村上さんは口角を上げたまま続けた。

『招待状代わり贈った あの花は』

その歌詞にハッとする。
届けられた、一輪の赤い薔薇。
あれはそういう事だったのか、と納得しているとステージ前へと歩き出した村上さんと目が合った。
実際はサングラスで目は見えないけれど、でも確かに合った。
私のハッとした顔に、確かに「したり顔」をしたのだ。
まったく、と苦笑を漏らすもそのロマンチックさに私は拍手を贈った。

五人がステージ前に並ぶ姿は圧巻だった。
本当に楽しそうに歌う。
実際楽しいのだろう、始終笑顔で視線を交わしていた。
五人でステージに立つ事が嬉しくて堪らないのがよく伝わってきた。

『ショウほど素敵なものは ない!』

そう言い切った村上さんも、初めのしたり顔はすでになく、はしゃぎっぷりは尋常じゃない。
脇腹の怪我も完治していないだろうに、捻挫した足だって少し庇っているのに。
それを感じさせないほど動いていた。
数曲歌い終えた後に、トークが入った。
丁度同じ頃に各メディアに、村上さんが生きていると伝えている事。
「だから、携帯の電源切っておかないと鳴りまくったりするよ」
村上さんの茶目っ気を含んだ言葉に酒井さんが反応する。
「『モシモシッ!ちょっと、ゴスペラーズのグラサンの人生きてるってニュースでやってるわよ!』」
「あはは!ちょっと、それ誰ぇ!?今すっごいおばさんぽかったけど!」
安岡さんがツッコめば会場もさらに笑う。
「今の村上のお母さんぽかったなぁ」
「黒ぽん、てっちゃんのお母さんは実の息子を『グラサンの人』って言わないでしょう」
楽しげに笑い的外れな事を言う黒沢さんに、北山さんがこれまた楽しそうに言う。
そらそうだ、と酒井さんが大げさな動作をして、さらにそれをみんなでツッコむ。

可笑しな舞台だった。
本当に、誰もが笑っているような楽しいライブ。
ベストアルバムに入っている曲も沢山歌ってくれた。
CDで聴くのとライブで聴くのとではこれほどに違うのかと驚いた。
ゴスペラーズ。
普通のアーティストじゃない、凄いグループ。
裏の仕事にも、歌にも決して妥協しない、歌馬鹿なグループ。

最後の最後に歌われたのは、『Promise』。
「本当のPromiseをお届けします」
歌い始めにそう告げた村上さんの言葉は本音の塊だったと思う。
最高の拍手が贈られる中、メンバーは立ち位置につくとスッと真面目な顔になった。
流れるメロディーに耳を傾けていると、不意に影が掛かった。
隣りの席の人が着たのか、と一瞬思ったがこれは最後の曲。
不思議に思って横に視線を移せば、
「・・・・・・え」
「シィ、歌の途中だよ」
驚愕の思いで目を見開いて、出掛かった悲鳴を制するように彼は人差し指を口に当てた。
「・・・・・・」
自分で口を押さえて隣の人を凝視する。
ライトの当たっていない客席は薄暗い。
それでも、その声はまさに今ステージで歌っているグラサンの人の声とそっくりだった。
「お兄ちゃん・・・・・・」
「うん」
漏れた情けない震えた小声に、兄は申し訳なさそうな笑みで頷いた。
どうして。死んだはずなのに。
声にだそうとしたが、そんな事はどうでもいいように思えた。
村上さんの登場で泣き出しながら歓喜の拍手を贈り続けたお客さんの気持ちがよく分かる。
生きている、それだけで嬉しく、視界が霞んでくる。
慌てて俯いて顔を隠そうとするけど、耳には音が聞こえてくる。
「心配掛けてごめんね」

I’m with you どんなときも
I’m with you どこにいても
今以上 そばにいるよ
It’s my promise だからこのまま

伏せた頭に置かれた手がとても温かかった。
村上さんのような力強さはないけれど、兄のいつもの柔らかい声が私を酷く安堵させた。
今までどこか張っていた気持ちが解かれたせいか、涙は止まるどころではなく溢れてくる。
ステージの上は意地でも見たくない。
にやりとした「したり顔」がきっとまたそこにはあるから。


I’m with you It’s just my
promise


憎たらしいほどにキザでロマンチストな、サンタクロース。






END

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