true news − side other −


「・・・・・・」
、やめとけ」
村上が警戒するように体勢を整えながらに手を差し伸べる。
「・・・・・・お兄ちゃんが死んだってどういう事ですか?」
「クッ・・・、アンタのお兄ちゃんはぁ、組織の人間だったんだよ」
男の言葉にだけでなく村上も黒沢も驚きを見せた。
「だから敵に消されたん・・・がっ、ァ!」
男の顔が床へと勢い良く叩きつけられた。
容赦のない音が響き、それをやった村上が嫌悪感を隠さずに手に力を込める。
ギリギリと男の頭を押さえつける村上を黒沢は止めようとしない。
「退いて下さい、村上さん」
酷く暗い声が村上の手を止めた。
暗く深い、怒りと憎しみを抑えた声。
「・・・嫌だ」
「退いて下さい」
「断る」
「何でですか、その人がお兄ちゃんを殺したんですよ?」
睨みつけるように見下ろすに、村上は細い目を逸らさず言う。
「だとしてもお断りだ」
「・・・退いて下さい!」

ピンポン。

電撃が走ったようにの体が大きく跳ねた。
それを見逃さずに村上がのナイフを持っている手首を掴む。
「あ・・・」
ピンポンピンポン、チャイムは鳴り続ける。
、誰か来たぞ」
「・・・・・・」
村上は立ち上がってナイフを手際よく畳むと自分のジーンズのポケットへと滑らせた。
呆然と村上を見上げるに、笑みを返す。
「ほら、行けって」
肩を持って、玄関へと押し出してやる。
ドアの前を塞いでいる男を黒沢が引きずり退かした。
ノロノロと足を動かしてはまだチャイムを鳴らしている訪問者へと向かう。
ドアスコープを覗けば、見慣れた顔。
「ハイ・・・」
ちゃん!今なんか凄い音がしてたみたいだけど、大丈夫かい!?」
お隣りの、佐藤さんだ。
パジャマの上にカーディガンを羽織った姿で、血相を変えていた。
「あ・・・、ハイ、すみません騒がしくしてしまって・・・」
「なんかあったんじゃないのかい?」
「あ、あー・・・それが・・・」
返答に困り、チラリと閉められたリビングを見やる。
「あー・・・兄の、友達が飲みにきてまして・・・」
「あら!」
言ってみて自身驚く。
中々悪くない言い訳だった。
「それで、えっと、ちょっと酔っ払っちゃった人が居て・・・」
「あらやだぁ、そうなの?まぁ、あまり騒ぎ過ぎないようにね?」
「ハイ、すみません」
「もう大分遅いんだから。お酒もほどほどにしないと」
苦笑いを浮かべて、謝罪する。
「本当にすみません」
佐藤さんはやれやれという笑みを見せて、それじゃ、と戻っていった。
「おやすみなさい」
声を掛けて、最後にもう一度頭を下げると、は頭を引っ込める。
静かに扉を閉め終えると途端に心臓が大きく脈打った。
鍵を閉め、チェーンを掛けるその手が震えていた。
「・・・・・・」
自分が何をしたのか。何をしようとしていたのか。
今、ようやく現実として実感がに降り掛かっていた。
自分は恐ろしい事をしようとしていた。
「・・・・・・あぁ・・・」
「オイ、大丈夫か?」
大きく息を吐いたところでリビングから村上が顔を覗かせた。
「あ・・・、ハイ、大丈夫です・・・・・・」
まだ震えの止まらない手をギュッと握り締めて、振り返る。
「・・・・・・すみません」
「いや・・・、俺も迂闊だった。コレの事すっかり忘れてたかんなぁ・・・」
ポケットを軽く叩く。
「・・・・・・」
「ま、ほら入れ」
優しく手を招く村上に、は複雑そうに笑みを作って頷いた。




「で、テツ。なんでお前ここに居るんだよー」
男にタオルで猿ぐつわをし、延長コードで手足を縛りながら黒沢が口を開いた。
少し間を取るために村上とは陽介のベッドに腰掛けている。
「んー?に用事があったからだよ。ついでにちょっと仮眠取ろうと思ったらお前と高橋が来た」
だからベランダに隠れた、と村上は悪びれなく言った。
俯いていたが顔を上げる。
「高橋?」
「おう、アイツ高橋」
指差された男を見て、昼間のテレビ局員の名前を思い出し、怪訝な顔をする。
そうしてすぐさま思い至った。村上が前に言っていた言葉。
「真実で固められた嘘はバレにくい・・・」
呟いた言葉に村上が眉を潜めたので夕方北山達にも話した事を聞かせた。
昼間にマンションの前でを探っていた高橋という男の話を。
どうやら村上も黒沢も耳にしていない情報だったらしく、何か思うような顔で男―――高橋を見やった。
「あのさぁ、ちゃんのお兄さんが組織の人間って言うのは・・・?」
「うちの組織の人間だったって事だろうな。今回の俺のもソイツがカナリアだったんだろ」
カナリア、密告者。
「さっきに聞いたんだけど、例のファイル、北山達が解いたらしいんだ」
「あ、そうなの?中身はなんだったの?」
黒沢が立ち上がって、ソファの背もたれに寄りかかる。
促すように村上がに視線を送ったので、は困ったようにしながら答えた。
「あー・・・それが私にはよく分からないんですけど、北山さん達血相変えて帰って行ったんです・・・」
「しかもそのパスワードどうやって解いたと思うよ?」
「んー?分かんない、どうやって解いたの?」
首を傾ける黒沢に村上はベッドの枕元に置かれた目覚まし時計を手に取り見せた。
「こん中にパスのメモがあったらしい」
「えぇ?マジで?」
村上は頷きながら時計の裏の電池を入れるところの蓋を開ける。
そこには電池も何も入っていない。
夕方に酒井がそれを開けた時には、電池の代わりに一枚の折りたたまれた小さな紙が入っていた。
開いてみれば長い文字数字の羅列。
「それを入力したらファイル開いたんですけど・・・バーってよく分からない文字が・・・」
それを見た北山と酒井の顔色が変わり、そのファイルを写すと慌てたように帰ってしまったのだ。
パスワードが書かれたメモも一緒に持って行かれた。
「北山さんも酒井さんも何も言わなかったけど・・・」
はまた自然と俯く。
「お兄ちゃん・・・、そういう仕事をしてたんですね・・・・・・」
沈んだ篭った声に村上と黒沢は目を細めた。
「私、全然知らなかった・・・。きっとあの時の怪我も転んだりしたわけじゃなかったんですね」
「・・・あー」
そういえばそんな話をした、と村上は曖昧に返事をする。
その話をした時は確か、とろい奴、などと言ったような気がする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三人の間に沈黙が落ちる。
何を言っていいのか分からない顔で村上が黒沢を見るが、彼も同様らしい。
「・・・お兄ちゃん」
ポツリと、心もとなく言葉を口にする。
認識しなくてはならない事。認識したくない事。
「死んだんですね・・・・・・」
の酷く悲しい言葉に、黒沢は眉を寄せて硬く目を瞑った。
「だから・・・帰って来なかったんだ・・・・・・」
声にするとそれは全て形になっての中に染み込んできた。
だから、帰って来なかった。一年も。
帰って来れるわけがない。もうこの世に居ないのだから。

ふわり、と。
温かいものが頭に触れたかと思うと、さほど強くない力で引き寄せられる。
「・・・・・・」
宥めるように軽く叩かれただけなのに、それがあまりに優しくて。
途端に視界がぼやけた。
押し殺した嗚咽が零れる。
村上がそっと震える頭へ口付ける。
「見つけてやるから」
小さく小さく囁いた言葉は、とてもとても力強かった。
何を、とは聞かず、は静かに頷くだけで返した。

陽介の遺体か。
陽介の死に関わった組織か。
具体的な何かでなくても構わない。
少しでも、陽介に関する事。
村上達なら見つけてくれる。
見つけて、に与えてくれる。
陽介の死を知るきっかけを与えてくれたように。




その後の事をはよく覚えていない。
うっかりそのまま寝込んでしまったようで、起きた時には誰も居なかった。
陽介のベッドの上で目を覚まし、今までとの変わりのなさに、全ては夢なのではないかと思った。
動かない目覚まし時計はいつもの位置に。
リビングのテーブルに置いてあったはずのアンケート用紙は見当たらない。
代わりにの携帯がぽつんと置かれていた。
手にとって開いて見ればデジタル数字が翌朝を告げていた。
発信履歴を見ても何も変わったところはない。
掛かってきたはずの北山の着信履歴も消えていた。
本当に、全てが夢だったのではないかと思えた。

ただ、唯一。


冷蔵庫の中のプリンは記憶通りに二つ並んでいた。




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