「は?」
亀山は怪訝そうに隣りの杉下を見返した。
「ですから、伊丹刑事はさんの事が好きなのではないかと」
「えー、なんで杉下警部がそんな事分かるんですか?」
捜査一課のコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎながら芹沢が振り返る。
丁度取調べを他の刑事にタッチして三浦と休憩に入ろうとした時、昼食帰りらしい特命係の二人が姿を見せた。
「いえ、これは僕の単なる憶測に過ぎませんが」
「え、え?ちょっと待って下さい。何がどうやってそんな憶測に至ったんですかね、右京さん?」
薄々感じていた芹沢と三浦とは違い、一人全く状況の飲み込めない様子で亀山が聞く。
芹沢は三浦にコーヒーカップを手渡しながら、少し笑った。
「やっぱ亀山先輩達って同じレベルなんですねぇ」
言った瞬間に亀山にうっせぇとお叱りを食らう。
「それで、警部殿は何でそう思ったんです?」
言わなきゃいいのに、と横目でそれを見ながら三浦は杉下へと視線を戻した。
ハイ、と一つ間を置いて杉下が頷く。
「以前からずっと不思議に思っていたんです」
「何を?」
「“伊丹さん”、と呼んでますよねぇ、さんは」
「は?・・・・・・それがなんすか?」
益々分からない、といった顔で亀山が杉下を見る。
それを見やって杉下はスッと人差し指を上げるとそのまま亀山を指した。
「“亀山先輩”、“芹沢先輩”、“三浦先輩”」
名前を挙げながらそれぞれを示す。
「彼女はきちんと“先輩”とつけて呼称します。ところが伊丹刑事に関してだけは、“伊丹さん”。僕はそれがとても気に掛かってまして」
「それはアレだろ、なぁ芹沢」
「えぇ」
三浦は笑いながらカップを傾け、振られた芹沢も得たりと頷く。
「アレ、とはなんでしょう?」
が誰かを呼ぶ時“先輩”って略す時あるでしょう?それが、伊丹先輩には煩わしかったみたいで」
「誰を呼んだかわかんねぇだろうが、ってな」
「そうそう、僕達はそんなの気にしなかったんですけどね。それからは伊丹先輩だけ“さん”付けで呼ぶようになったんですよ」
「・・・つまり、伊丹刑事がさんにそう呼ぶよう言ったのですか?」
「確かそうですよ」
なるほど、と頷く杉下の隣りで亀山は腕を組みながら盛大に嘆息する。
「はぁー、アイツは心が狭いねぇ・・・、好きに呼ばせてやりゃいいのに。・・・って右京さん、まさかこれが理由ですか?」
「いえ、そちらは単純に僕の好奇心です。もう一つ気になる事がありまして」
「・・・そっちを先にお願いしますよ」
困惑気味に亀山が促し、杉下は改めて三人の顔を見渡した。
「一昨日、そこの休憩スペースでお会いしましたね。その後伊丹刑事が呼びに来ました」
「来ましたねぇ、あの時伊丹が芹沢達に宥められてて・・・」
「えぇ、その時にさんが伊丹刑事に烏龍茶を渡しました」
「・・・あぁ、えぇ渡してました」
「それを触った伊丹刑事はこう言ったんです、“冷めてんじゃねぇか”・・・」
「冷めてんじゃねぇか・・・・・・言ってたか?」
亀山が思い出すようにして、芹沢に振ると彼も少し記憶を探る仕草をする。
「あー・・・、言ってたかも?」
「では、お聞きします。彼はどうしてその烏龍茶がホットだったのを知っていたのでしょう?」
事件の推理を口にするように少し楽しげに杉下は問いかける。
亀山は露骨に怪訝な顔をして、芹沢も不思議そうに杉下を見る。その場に居なかった三浦に至っては考える事も出来ない。
「どうしてって・・・」
「あれは見た目のパッケージは冷たいものも温かいものも変わらないものです」
「・・・・・・じゃあ、なんで警部はあの時ホットだって分かったんですか?」
「あ、そうだ、確かに。なんで右京さん分かったんです?」
「簡単な事です、あそこの休憩スペースの自動販売機には烏龍茶がホットしか売っていないからです」
スラッと言われた答えに、そうだったか?と亀山と芹沢は難しい顔をする。
そして亀山は一昨日杉下が自動販売機を眺めていたのを思い出し、この事を確かめていたからなのか、と思い至った。
「あれ、でもそしたら伊丹もそうやって知ったんじゃないんですか?」
「いえ。彼は多分知らなかったと思いますよ。何故なら彼が現れた方からは自動販売機は死角なっていますから」
「・・・・・・あぁ、そういえばそうですねぇ。え、じゃあ伊丹先輩はどうやって知ったんですか」
芹沢が聞いて、亀山も同じ顔で答えを待つ。
もったいぶったように一拍置いて、杉下は微笑んだ。
「僕達の話を聞いていたから、だと思います」
「は?・・・じゃああの時伊丹の野郎が、立ち聞きしてたって事ですか?」
「勿論、コーヒー党の彼があそこの自動販売機の烏龍茶がホットしか売られていないという事を元々知っていた、というなら別の話ですが」
「まさか、先輩がそこまで覚えてるわけないですよ」
「僕もそう思います」
頷いて同意する杉下。
「・・・・・・で、なんで伊丹は立ち聞きしてたんだ?」
全く蚊帳の外だった三浦が不思議そうに問いかけると、芹沢も亀山も気づいたようですぐに杉下を見た。
「芹沢刑事、あの時僕達とどんな話をしていましたか?」
「どんなって・・・・・・バレンタインの・・・って、まさか」
「そのまさかだと僕は思いますよ?」
「まさかって・・・何が?」
「何がって、やっぱ亀山先輩も本当に鈍いですね」
「うるせぇよ!ねぇ右京さん、どういう事なんです?」

「ただいま戻りましたー」
声がして、四人が一斉に入り口の方へ目をやる。
当然のように彼女と行動を共にしていた渦中の先輩刑事も入り口から入ってくる。
そしてすぐさま部屋の隅で話し込んでいる特命係を見つけると、いつものごとく眉間に皺を寄せた。
「あぁ?なんで特命係が一課に居るんだよ!」
「あれ、本当だ。どうしたんですか?」
即行早足で亀山に突っかかる伊丹を見ながら、自分のデスクに荷物を置くが首を傾げる。
そんな彼女の手に珍しい物がある事に気づき、杉下は少し笑んで会釈をしながら伊丹と亀山のやり取りをすり抜けた。
「何だよ、俺達がどこに居ようと勝手だろうが」
「えぇ、勝手ですよ。勝手だけどなぁんでここに居んだよ!」
「あぁー?少なくともテメェには用はねぇよっ」
「はぁ?あんだと?」

「杉下警部、どうしたんです?何か気になる事でもありました?」
「いえ。・・・・・・それは、どうなさったんですか?」
杉下はの手の一輪の花を指差した。
質問され、自分の手中の花に少し目をやると、嬉しそうに杉下を見る。
「これですか?ふふ・・・」
少しもったいぶる様な笑みを零したに合わせ杉下も微笑む。
が何か言おうとしたその時、
、俺の分のチョコ、あるんでしょ?」
亀山が伊丹を振り切って、の前に笑顔を見せた。
その顔を見て、は思い出したように声を上げて、ちょっと待つように言うと給湯室へ走っていった。
その手には相変わらず花を持ったまま。
「・・・・・・」
「いやぁ、忘れるとこでしたよ。俺の分のチョコ。右京さんだけ貰うなんてずるいわ、なんて、ねぇ?」
「・・・・・・そうですねぇ・・・」
横の能天気な相棒を見ながら杉下は変わらずの静かな微笑みのまま肯定した。
そのやり取りを眺めて、芹沢が笑うように聞く。
「え、じゃあ亀山先輩はチョコ貰いにきたんですか?」
「右京さんが俺が出向いた方がの手間が掛からないだろうって」
「ほんっとうに、馬鹿亀だな、てめぇは・・・!」
「あぁんだとコラ?・・・でもまぁ、おかげで?チョコ以上に面白い話を?聞けましたけどね?」
妙に胸を張った余裕の笑みの亀山に伊丹は怪訝そうに相手を睨んだ。
傍に居る芹沢も、スッと顔を逸らし笑いを堪えている。三浦はやれやれと言わんばかりにのんびりとコーヒーを啜った。
すぐさま戻ってきたの手には黒い紙袋があった。
「ハイ、えっと、三浦先輩以外同じタイプのチョコレートなんですけど・・・」
中を確認しながらが言うと、亀山が不思議そうに口を開く。
「三浦だけ違う・・・って、なんで?」
「俺が和菓子の方が好きだって言ったからだよ。わりぃなぁ、別に良かったのによ」
「いえいえ、日頃の感謝を込めてですし」
笑顔で応えるが、袋の中から少し渋い紺色の箱を取り出してそのまま三浦に差し出した。
ありがとよ、と少し笑った三浦が受け取る。
「後はみなさん一緒なんで、ハイ」
言って赤いいかにもバレンタインデーな箱を二つ両手で亀山と横の芹沢に手渡す。
「みんな・・・一緒?」
渡された箱を眺めながら呟くと、は最後の一箱出すと小さな紙袋を折りたたみ始めながら応える。
「そうですよ?甘いもの、大丈夫でしたよね?」
「あぁ、うん。大丈夫だけど・・・・・・」
「オラ!貰ったんならさっさと出てけよ!」
コーヒーを自分で淹れながら伊丹が邪険に怒鳴る。
それに気分を害されたように亀山は伊丹を睨むが、すぐさま別の事に思い至ったようで、笑顔に戻る。
「ハイ、戻らせて頂きます。さ、行きましょ、右京さん」
「ハイ。それでは。さん、チョコレートありがとうございました」
「ありがとうございました。あ、、三倍は無理でもなんかお礼すっからな」
楽しげに頭を下げて、特命係の二人は一課を出て行った。
「お前特命なんかにやってんのかよ」
睨みを利かしながらの伊丹の言葉に、は誤魔化すように笑う。
「お世話になってるからですよー」
「お世話だぁ?邪魔の間違いだろうがっ」
「まぁまぁ・・・。ハイ、伊丹さんのですよ」
「・・・・・・」
コーヒーを傾けていた手が止まる。
いつの間にか傍に居たはずの芹沢と三浦は離れたソファへと移動していた。
「・・・・・・」
「伊丹さん?」
「ぁ、おう、わりぃな」
ぎこちのない笑みを浮かべ、赤い箱を受け取る。
その様子を見ながらは少し照れたように笑った。
「チョコは他の人と一緒ですけど・・・・・・意味は違いますから」
「・・・・・・」
一瞬怪訝な顔、のち、さらなる皺が眉間に寄って何とも言えない複雑な表情。
見る見るうちに顔が紅くなっていく。
「・・・・・・ッ」
そしてその恥ずかしさに耐えられなくなったのか、の頭を赤い箱で叩いた。
軽い打撃には笑いながら、叩かれた頭を押さえる。
「なんですかー」
「うるせぇよッ」
「ひどいですよー」
「チッ・・・。俺はホワイトデーなんか返さねぇからな」
「いいですよ。さっきので充分です」
「・・・・・・チッ」
これ見よがしな舌打ちをするも、効果はないだろう。



一課を後にした特命係の二人は通路を歩く。
亀山が堪えきれずといった風に突然噴き出して笑った。
「どうしました?」
「だって、右京さんも聞いたでしょ?のコレ。“みんな一緒”なんですよ?」
言って愉快そうに貰った赤い箱をあげる。
「そうですね」
「ってことは、アイツはに気があっても、にはその気はないって事でしょ?」
少しからかうように、ご愁傷様、と笑った。
するとゆっくりと進めていた杉下の足が止まる。

彼の視線の先、狭い給湯室のシンクの傍に置かれた花瓶代わりのコップに挿されている一輪の花。
「・・・・・・果たして、そうでしょうかねぇ」
それの持ち主と、きっとそれをプレゼントしたであろう人を思い浮かべ、優しく微笑んだ。







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"You are my Valentine"=あなたは私の愛しい人