"You are my Valentine"


「芹沢先輩って、甘いもの大丈夫ですね?」
突然の問いに芹沢は振り返りながら頷く。
「うん?大丈夫だけど・・・・・・あ、うん、チョコレートとか大好きだよ」
の意図に気づいた芹沢が即行楽しそうに笑んだのを見て、は少し苦笑する。
「やっぱり普通気づきますよねぇ」
「なに、気づかなかった人居るの?あ、三浦先輩?」
資料を取りに行った帰り、自動販売機と喫煙スペースのある長椅子にそれぞれ腰掛けていた。
煙草の灰を灰受けに落としながら首を傾げる芹沢に、は首を振る。
「三浦先輩は『和菓子の方が好きだけど年寄りに気ぃ遣うな』って、しっかりはっきり気づいてましたよ」
「ってことは・・・・・・」
芹沢は心当たりの残りの一人を思い浮かべ、思わず言葉を止める。
烏龍茶の缶を手の中で転がしながら深く嘆息する
直接そういう事を聞いた事はないが、歳が近いためよくと一緒に行動する芹沢には薄々と感づくものがあった。
少し苦笑して、煙草の煙を天上に向かって吐きながらさり気なく聞く。
「聞いたの?先輩に」
「・・・・・・分かりますよねぇ?普通、気づきますよね?」
何を、とは聞かない。
「バレンタインとか嫌いそうだからなぁ・・・、あと、すっごい鈍いと思うよ」
「・・・興味ないんですかねぇやっぱ。甘いもの好きか聞いたら、すっごい怖い顔して『好きで悪いかよ』って」
「あー・・・ホントに子供だなぁ・・・」
「まぁ、多分好きだろうとは思ってたんで用意はしてあるんですけど・・・」
「なんで?」
「え?あぁ、だってアンパンとか大好きじゃないですか」
「あぁ、なるほど」
しっかりと観察出来ているに芹沢は微笑む。
それに比べて、後輩の言葉の意図にも気づかない鈍感な先輩刑事は・・・。
・・・俺、応援してるからね」
うんうん、と慰められるように肩を叩かれ、は慌てる。
「ちょっと、先輩!やめてくださいよ恥ずかしい」
「だって、いいかぁ?バレンタイン近い日に甘いもの好きかという問い、これに気づかないってかなりなもんでしょ?」
「・・・もしかしたら、気づいたけど興味ないだけかも知れないじゃないですか」
「だったら、もっと怒られると思うよー」
言われて、あー・・・と妙に納得してしまう。
確かに興味のない事、特に色恋沙汰に関する浮ついた事なぞ気づかれたら即刻怒鳴られるだろう。
「しかも先輩絶対恋愛経験少ないよ、俺の勘だけど」
「嫌な勘ですね」
「うん。しかも絶対奥手。歳の差とか気にして身を引くタイプ」
「・・・・・・」
「単純さで言えば、亀山先輩と同レベル・・・・・・」
「あぁ?誰が単純だってぇ?」
うわ!と肩を飛び上がらせる芹沢。
「お前何後輩に、俺の陰口叩いてんだコラ」
たった今話題に出た亀山薫その人が芹沢の肩をがっちりと捕まえながら、長椅子に腰を下ろす。
違いますよ、すみません、と口にする芹沢に突っかかるようにして亀山が絡む。
「どうかしましたか?」
新しい落ち着いた声に、三人が顔を上げればそこには亀山の相棒である杉下右京の姿。
昼食の帰りだろうか、とはとりあえず先輩刑事に会釈をする。
亀山はパッと手を離して、聞いてくださいよ、と杉下に寄る。
「コイツ、俺の事単純な奴とか抜かしたんですよ」
「君が単純なのは今に始まった事ではないでしょう」
「なっ」
「こんにちは。お二人は何をなさってるんですか?」
さらりと亀山の怒気を受け流して、にこやかにと芹沢を見る。
何をと言われても。は芹沢に視線を送るが、亀山の八つ当たりにそれどころではなさそうだった。
「どーせ、俺達特命の陰口でも言ってたんだろー」
「ち、違いますよ」
「えぇ、さんはそんなタイプには見えません。ただ・・・」
ただ?と立っている杉下を見上げれば、にっこりと微笑んだ杉下の手がの持つ烏龍茶の缶へ伸びた。
「やはり。ホットの烏龍茶が冷めていますねぇ。折角のホットなのに冷めるまで飲もうとしない話題とは、一体何なのでしょう?」
柔和な紳士な見た目に、鋭い眼光。これで一課は何度も手柄を横取りされているのだ。
困った表情で、杉下と亀山、芹沢を見る。
「あ、僕の下らない好奇心なので、言いたくなければ構いませんよ」
「えっと、じゃあ・・・、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい?」
「杉下警部と亀山先輩は、甘いものは大丈夫ですか?」
聞くと、目の前の杉下よりも先に隣りの亀山が笑う。
「甘いものって、、なんだお菓子でも作るのか?」
「なるほど、バレンタインですか」
「そうそう、バレン・・・って、は?」
やっと気づいたような顔の亀山が隣りの杉下の顔を見て、怪訝そうにする。
その様子に芹沢がやれやれと短くなった煙草を灰受けに押し込む。
「亀山先輩、気づかないなんて鈍感ですよー」
「うっせ!・・・バレンタインデーね。そうか、明後日か」
「それで、お二人は甘いものは?」
「俺は大丈夫。甘いモン大好きよ」
「僕も甘すぎなければ大丈夫です」
「了解しました」
ニコリと笑って了承する。
「あ、くれんのは有難いけど、ホワイトデーに三倍返しとか言われても困るぞ」
「言いませんよー」
念のため、と笑う亀山に少しムッとしては返す。
律儀な杉下ならともかく、バレンタインデーにも気づけない亀山にそんな期待をする気は毛頭ない。
そんなやり取りを見て杉下は楽しげに微笑む。
「亀山君、ホワイトデーというのは外国にはないんですよ、知っていましたか?」
「え、そうなんすか?」
「えぇ。そもそもバレンタインデーにチョコを女性から男性へ贈る、というのも日本独自の風習です」
「あぁ、日本の製菓会社の陰謀らしいですね、聞いたことあります」
が言うと杉下は頷く。
「本来のバレンタインデーは男女関係なく、想っている相手へお菓子や花をプレゼントするものなんですよ」
へぇ、と三人が驚いたように杉下を見る。
「じゃあ、義理チョコみたいなのはないんですか?」
「多分ないと思いますよ。あくまでラブレターのように好きな相手へ、というイベントですから」

「オイ!」
さらにいくつかの杉下の知識に感心していると、突然怒鳴り声が休憩スペースへと響いた。
その声に反応して、と芹沢の顔が強張る。
「芹沢、!てめぇら、資料取りに行くのにどんだけ時間掛かってんだ!あぁ?」
声の方へと目をやれば、予想通りに怖い顔をした伊丹が立っている。
やばい、と芹沢とは素早く資料を手にして立ち上がる。
「あぁ?特命なんか何話してたんだよ」
「あぁん?特命『なんか』ってどういう事だよ『なんか』って」
「なんかはなんかだろうがこんの特亀がッ!」
顔を合わせた途端の低レベルな応酬に、後輩二人が宥めるように割ってはいる。
「ハイハイ、サボってすみませんでしたから、行きましょう先輩」
「はいこれ、資料ですよ、伊丹さん」
手馴れたもので、亀山から伊丹を引き剥がすとは資料の束を伊丹へと渡す。
「っ!元はといえばお前らが戻ってこねぇから・・・!」
「だからすみませんでしたってば、ほら、烏龍茶もあげますから」
「あ?なんだよ、冷めてんじゃねぇかよ」
資料の上に載せた缶に触り、伊丹はまた怪訝そうにする。
その合間に芹沢とは特命係の二人に会釈をして、伊丹の背を押すようにして一課へと足を進めた。

「へへ、伊丹の野郎、後輩に言いように抑えられてやんの」
「えぇ・・・・・・」
「俺達も戻りましょ、右京さん。ん?なんか飲みたいんすか?」
「いえ、なんでもありません」
傍にある自動販売機を確認すると杉下はそのまま亀山の後へ続いた。





当日。
「オイ!ボサッとしてんじゃねぇぞオラ、事件処理行くぞ」
「ハイ!ちょっと、待ってくださいよ伊丹さん!」
は自分の刑事という仕事への認識の甘さを痛感していた。
いつだったか誰かが言っていた、事件は都合を合わせてはくれない、というのは当然の事ながら本当の事だった。
バレンタインという日に、バレンタインらしい事にチョコ絡みで軽い傷害事件が起きた。
「ったく・・・いくら欲しいっつっても、チョコくれって相手怪我させたら意味ねぇだろうが・・・・・・」
伊丹が心底呆れたように助手席で嘆息する。
一時犯人の男が逃亡したので、一課が出てきてみれば男はあっさりと特命係に捕まっていた。
それの手柄を慌ててぶん取ると、芹沢と三浦に犯人を任せ、伊丹達は被害者の女性への報告に向かった。
病院で手当てを受けていた女性は、大した怪我ではなくて本当であれば入院も必要ないくらいだそうだ。
「それでは、失礼します」
が最後に挨拶をして病室を退出する。
何故か付いて来た特命の亀山と顔をつき合わせている伊丹へと振り返る。
「伊丹さん、終わりましたよ」
「何で特命係が一課より先にあそこに居たんだよ!」
「うるせぇ!何で一課が特命よりも遅いんだよ!職務怠慢ですかぁ?あぁそうなんですか?」
「てめぇらが勝手にチョロチョロしてるだけだろうがッ!」

「二人とも、ここ、病院なんですから・・・」
一応制しようと言ってみるものの、声のボリュームが若干下がっただけで下らない言い合いは終わらない。
それでもすぐさま伊丹が断ち切ってこの場を去るだろう、と少し放って報告書に目を通す。
さん」
名前を呼ばれて、顔を上げればすぐ横にと同様に傍観を決め込んでいた杉下。
何ですか、と聞くと彼はいつものように読めない表情で、少し微笑む。
「今朝はチョコレートありがとうございました」
「あ、いえ」
偶然エレベーターで会ったので、杉下にだけ先にチョコレートを渡していたのだ。
手を振って応えていると、ようやく区切りが付いたのか、毎度の伊丹の怒鳴り声。
、戻るぞ!」
「あ、ハイ!」
すみません、と小さく頭を下げてすでに早歩きで先を行く伊丹を追う。
「何、特命と仲良しこ良ししてんだよあぁ?」
「伊丹さんこそ亀山先輩と仲良さ・・・・・・」
ギロリと睨まれ、口を書類で隠し笑って誤魔化す。
「それよりどうしますか?お昼」
丁度昼食時、このまま署に帰ってもいいがただ報告書を出すだけなので時間的には余裕がある。
「おう、何か食ってくか」
「分かりました」
車まで戻ると、その旨を芹沢に携帯で伝え、二人で適当に食べるところを探した。


病院の傍にある喫茶店を大きくしたような構えの店へと入った。
店内はそれなりに広く、案内に従い窓際への席へと座る。
「じゃあ、これでいいですか」
「おぅ、つかお前これくらいでいちいち俺の承諾取ってんじゃねぇよ」
書類を一通り眺めた後、その言葉と共に書類で頭を叩かれた。
怒っている時とは違い軽いものだったが、どこか不機嫌な色を隠せない伊丹。
メニューを開いている時も、注文をしている時も、その眉間の深さは変わらない。

「どうかしたんですか?伊丹さん」
「あ?何がだよ」
料理が運ばれて、食事をしている最中も小難しい顔をしている伊丹に問いかけてみれば。
素のまま眉をさらに潜められてしまい、自覚がないのか?とは頬を掻いた。
なんでもないです、と濁して、自分のパスタを一巻きして食べる。
こんな事になるなら、怒られる事を覚悟してチョコを持ってくるんだったかとは思考する。
多分杉下にチョコを渡していた事を聞かれたんだろう。
社交辞令としてみんなに配っていると言えば良かったろうか。
社交辞令ではない人など、たった一人しか居ないのに。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
黙々と食事をしつつも、たまに仕事の会話を交わす。
いつもであればそれなりに話も弾むのに、本当にどうしたのだろうか。
食事を先に終えた伊丹が食後の一杯、とコーヒーのカップに口をつける。
そして、少ししても食べ終える。
はコーヒーを飲まないので、お冷のコップを傾けて口の中をさっぱりとさせた。
その間伊丹はジッと窓際に視線が張り付いていた。
「伊丹さん、本当にどうしたんですか?具合悪いなら病院寄って行きますか?」
「あ?別に悪かねぇよ」
「そうですか・・・?」
不思議そうには首を傾げるが、本人が悪くないというなら大丈夫だろう。
それじゃ、戻りましょう。と立ち上がる。
「あぁ」
コーヒーの残りをグイと飲み干し、出口へ足を進める。
「払っといてやるから、先にエンジン掛けとけ」
「ハイ、分かりました。ご馳走様です!」
笑顔でお礼を言って、店を出ると駐車場に停めておいた車のエンジンを動かす。
合間に今から戻る、と芹沢にメールを打つ。
電波の具合から車の外へ出て送信を終えた頃に、丁度伊丹が店から出て駐車場を横切ってこちらへやってくる。
「じゃあ行きますか」
「・・・・・・オイ」
声を掛けて携帯をしまいながら運転席に乗ろうとして、動きを止める。
車を挟んで反対側に居る伊丹が車体の上から少し覗ける。
「どうかしました?」
乗ろうとしない伊丹を、背伸びをして見る。
すると、眉間にはまた一層の皺を刻んで、が見ていると気づくと逸らされる目線。
「伊丹さん?」
「・・・・・・ホレ」
訝って名前を呼ぶと、視線を逸らしたまま伊丹は何かを車上から投げた。
「ハ、イ?」
驚きつつ慌ててそれをキャッチする。
それは何の変哲もない一輪の花。
何ですかコレ、と伊丹を見るが、すでに伊丹は助手席のドアを開け乗り込もうとしていた。
「え、ちょっと、伊丹さん!これ何なんです・・・か」
慌てて運転席へ屈んではさらに驚く。
「うるせぇ!」
怒鳴り返されて首を竦めるが、怒鳴ったわりに伊丹は片手で自分の顔を覆って顔ごと向こうへ逸らしていた。
「・・・・・・あ」
手の中の花が店内のテーブル一つ一つに小さく飾られていた花だと思い至り。
バレンタイン、という単語が頭をよぎり。
一昨日の杉下の言っていた事を思い出し。
隠しても分かるほどに顔を赤くしている伊丹へと視線を移す。
「まさか・・・・・・」
「だー!うっせぇよ!さっさと出せコラ!」
「あ、ハイ!」
さらに怒鳴られ反射で応えると、素早く運転席に座りドアを閉める。
シートベルトをして、前方を確認する。
「ったく・・・」
「伊丹さん」
「・・・・・・」
「ありがとうございます・・・」
「・・・・・・あぁ」
「・・・伊丹さんのチョコ、ちゃんと用意してるんです」
「・・・・・・」
「受け取ってくれますか?」
「・・・・・・」
心臓の高鳴りを抑えながら、アクセルを踏み出し駐車場を横切る。
車道へ出るかという時に、ようやく小さな肯定が返ってきた。







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