大広間では準備が滞りなく進められていた。
ささやかな飾り付けにサロンから移動してきたレコードプレーヤー。
テーブルには人数分の食事の用意がされている。
「はー、器用なモンだな」
リングの他にも色紙で飾りを作っているキタヤマを見て、ムラカミが感心したように声を掛ける。
「結構簡単ですよ?」
「そうは見えねーって。にしてもは主役にも働かせてんのな」
飾りのひとつを触りながらムラカミはチラリと花瓶に花を差す「サカイ」を見て笑った。
「本当ですね。何か違うお祝いと言われてるんですかね」
言ってキタヤマは慣れた手付きでグラスを並べている「ヤスオカ」に目をやる。
「少し、羨ましいですよ」
「何が?」
「バースデーパーティー」
自分の作っている飾りに目を落としながら微笑むキタヤマ。
「うん? お前だってそういうのくらいあるだろ?」
それぞれの経歴を把握しているムラカミは意外そうに俯くキタヤマを見下ろした。
キタヤマが星の形に切った色紙を持ち上げて、星越しに遠くを見る。
「病院のベッドと検査室の往復でしたから」
「……なるほど」
しばし沈黙すると、ムラカミがキタヤマの手から星を奪った。
ムラカミを見上げれば、その星にひとつキスをしてニヤリと笑う。
「俺も」
「え?」
「実はちょっと羨ましい」
「へぇ?」
「ちょっとだけだけどな」
イヒヒと背中を丸めて笑うと、星をキタヤマへと投げた。



最後の花瓶に花を挿し終えてサカイが顔を上げる。
「よし、こんなもんでいいですかね」
「いいんじゃない? にしても誕生会なんて懐かしいよね。サカイさんはやった?」
食器を並べ終えたヤスオカが広間を見渡しながら笑う。
サカイもつられて見渡し、少し思い出すように間を空けた。
仲間との馬鹿騒ぎを思い浮かべたが、根本的なことに思い至る。
「あー……俺、自分の誕生日がわからないから」
頬を掻いて苦笑するサカイに、ヤスオカが驚いたように振り返った。
「え、サカイさんも?」
「……ということは? あれ、でも、今懐かしいって」
「孤児院で育ってね、そのときにそういうのをやったの」
「あぁ……」
「でもそっかー」
ヤスオカの視線が初めて会った時のようにサカイを巡る。
どこか泣き出しそうに瞳を細めた。
「俺達一緒なんだね」
それぞれに事情を抱えているのは知りつつも、その内実までは知らなかった。
「そう、ですね」
眉を下げ、自嘲に似た笑みで返すサカイ。
その笑みを受け、ヤスオカは何もかもを隠すいつもの笑顔を浮かべた。
「実は、自分で決めた誕生日があるんだけど」
「へぇ、お祝いしましょうか?」
言えば、よしてくれ、と照れくさそうに手を振る。
「なんかもう、自分で決めるもんじゃないなって思ったよ」
「あー……」
「与えられた日を誰かが知ってて祝ってくれるから、嬉しいんだよねこういうの」
ヤスオカの視線の先にはレコードをいじっているムラカミの姿があった。


「なんの話?」
声がしてそちらを向くと、クロサワが料理を乗せたカートを運んできていた。
もう始まる時間かと、二人は慌てて時間を確認する。
「もうちょっと時間あるよ。前菜だけ持ってきちゃっただけ」
料理が運ばれてきた、と気づいたムラカミとキタヤマも寄ってきた。
「それで、なんの話してたの?」
聞かれたヤスオカが、傍まで来るムラカミを見ながら苦笑する。
「いや、なんでもない」
「そうなの? サカイも?」
「えぇ、まぁ。なんていうか……クロサワさんが羨ましいなぁってそんな話です」
「は? 俺が?」
サカイの言葉にきょとんとするクロサワ。
その何の混じりけのない顔が可笑しくて、サカイが横へと視線を移すとヤスオカも不思議そうな顔。
「あ、あれ?」
「ていうか、俺はキタヤマの方が羨ましいよ」
「僕?」
話が見えず窺っていたキタヤマが、矛先が自分に向いて眉を上げる。
「だって、こうやって誕生日祝って貰ってさぁ」
「……え?」
その場の全員が黙ったのを感じて、クロサワはハッとし口をパチンと押さえた。
「あ、ごめん! サプライズだったっけ」
「いや、え?」
「俺自分の誕生日覚えてないからさ、いいなーって思ってたら……ん? どうかした?」
怪訝そうな顔に驚いた顔。
不可解な状況に口を開いたのはサカイだった。
「覚えてないって、これクロサワさんの誕生日会じゃないんですか?」
「えぇ? 覚えてないってば」
「ちょっと待て、俺はサカイの誕生日だって聞いたぞ?」
眉を寄せ一層執事とは遠い表情のムラカミが口を挟む。
「え、ムラカミさんのじゃないの? そう聞いたよ?」
さらなる異論がヤスオカから漏れる。
「ってことは、ヤスオカさんでもないんですか?」
確認するようにキタヤマがヤスオカへと疑問を投げかける。
次々と発せられる証言に、それぞれの表情が怪訝なものになっていく。
「どうなってるの?」
混乱の渦の中、クロサワが全員の気持ちを代弁するように首を傾げた。



「全員揃ってるわね」
大広間の扉が開いて、幼い声がした。
ちゃっかりドレスコードを決めた主人のがテーブルへと近づく。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。お前一体何企んでんだ?」
主人の椅子を完璧な動作で引きながら睨みを利かせるムラカミ。
が椅子に腰掛け、注文通りに準備された大広間を見渡すと、優雅に微笑んだ。
「言ったでしょう、サプライズパーティーよ」
「誰のための?」
トーンの低いムラカミの声に、は気づき彼を見上げる。
次いで他の従者が困った顔でこちらを窺っているのが目に入った。
状況を把握し、ひとつ息を落とした。
「……そう。嘘がバレちゃったのね」
「お嬢様、どういうことなんだ?」
「どうもこうもないわ、とりあえずみんな席に着きなさい」
「おい、
「クロサワは料理を。ヤスオカは飲み物を」
ムラカミの呼びかけにも応じず指示を出す。
主人の様子に舌打ちをしながらも席に着くムラカミに倣いサカイ、キタヤマが座る。
無駄のない動作で料理が目の前に出され、グラスにワイン(にはグレープジュース)が注がれる。
クロサワとヤスオカが着席したのを見とめると、が頷いた。
「じゃあ始めるわ」
「何を」
「決まってるでしょ、バースデーパーティーよ」
当然のように言い放つ主人へと、怪訝な視線が送られる。
その視線を受け止めて、が少し笑う。

「今日は貴方達五人のバースデーパーティーなのよ」

短い沈黙が大広間を包む。
ヤスオカは驚きで目を見開き。
キタヤマはゆっくりと瞬く。
サカイはぽかんと口を開け。
クロサワは首を傾げる。
ムラカミはこの上なく眉を寄せていた。

「私は毎年お祝いして貰ってるから、私もみんなの誕生日をお祝いしたいの」
「でもよ、俺の誕生日今日じゃねーし」
「じゃあ、それぞれ祝う?」
拗ねたようにアヒル口でムラカミが言うと、穏やかな声が返ってくる。
その質問にイエスと口を開こうとして、前の席のクロサワが目に入り言葉を飲み込んだ。
の意図が伝わった事を確認すると、再び全員へ目を向ける。
「今日、12月21日を、この家に仕える者の誕生日とするわ」
「……誕生日?」
唖然とした声でヤスオカが呟き、前に座るサカイを見た。
「俺達の誕生日、ですか?」
信じられないものを見るようにサカイが聞くと、は頷いて返した。
「俺、嬉しいかも」
「それはよかったわ」
どこかキラキラした瞳のクロサワにが安堵した笑みを漏らした。
そうして、窺うように他の人へと視線をやる。
「サカイさん、どうしよう」
「え?」
「俺に誕生日が出来たよ……」
ヤスオカの声が震え、堪えるように俯いた。
その様子にサカイは目を細め、口元を歪めると折り目正しく手を上げる。
「お嬢様」
「なに?」
「ここに物凄く嬉しい者が約二名、いるであります」
自分と向かいのヤスオカを交互に指差した。
俯いたままヤスオカが頷くのが見える。
「まぁ……たまにはこういうのも悪くねーか?」
テーブルに肘を着いて大げさに嘆息をするムラカミ。
「だよな? キタヤマ」
「え?」
ずっとキョトンとしていたキタヤマに話を振ると、再びゆっくりと瞬きをする。
口の端を上げている様子は、先ほどムラカミがした、少しだけ羨ましいと笑ったその表情だった。
理解すると、自然と口元が綻ぶ。
「えぇ。とても素敵な事だと思います」
「だな」
柔らかく微笑むキタヤマを見て、ムラカミも頷く。
が満足そうにニコリとした。
「でもお嬢様よ、誕生会したいって言うのに、祝われる側が全部準備ってどういうことだよ」
綺麗にセッティングされた花瓶、食器、美味しそうな料理、ワイン。
苦笑したようにワイングラスを持ち上げるムラカミに、が眉を寄せた。
「私が準備したってたかが知れてるわ。それだったら、最高の料理に最高の飾り、最高のケーキに最高の音楽」
それに、とは立ち上がって後ろから袋を取り出した。
「最高のプレゼント、でしょ」
ムラカミから順に時計回りに”それ”を渡していく。
膨らみのある小さな皮製の袋。
怪訝そうに受け取ったムラカミがそれを開けて袋を逆さにする。
「……指輪?」
転がり出てきたのは、スプーンのように銀に煌くリングだった。
同じく中を確認する四人も驚いたようにそれを見つめていた。
指輪の内側にはご丁寧に今日の日付が掘り込まれている。
12月21日。
それは紛れもなく特別な日となるに違いなかった。
誰ともなく指にはめる。
「どう? 気に入った?」
の問いに、全員が笑みで返す。
気に入らない者などいるはずもなかった。
「そう、よかった」


すでに礼を尽くせぬほどに恩恵を受けているはずなのに。
更に宝物を与えてくれる主人。
誕生日、祝ってくれる人、祝う人、バースデーパーティー、プレゼント。
どれも自分には縁のなかったものだった。
だからこそ、銀のリングは重く、温かく、煌いて見えた。
自分の作った料理も、自分で切った飾りも、自分で選んだワインも、自分で飾った花も、自分で掛けた音楽も。
驚くほどに初めてに見えるのだ。

「誕生日、おめでとう」

その言葉も、一生忘れることがないだろう。
何の変哲もない、ただの祝いの言葉。それでもとても大切な宝物になった。





「祝って貰ってばっかってわけにはいかねーよなぁ」
クロサワ自慢の料理を終え、ヤスオカの買ってきた特大のホールケーキを食べながらムラカミが口を開いた。
ワインで口を直すと、膝のナフキンを取りテーブルへと置いて立ち上がった。
「お前ら、まだ完成もしてないけど、あれやるぞ」
「え。あれって、あれ?」
隣りのヤスオカが聞き返すと力強く頷き返される。
「完成どころか、まだ始めたばっかじゃないですか……」
サカイが呆れたように言いながら席を立つ。
同じようにキタヤマもヤスオカもやれやれと言ったように椅子を引いた。
「……え、あれって何?」
一人理解していないクロサワがフォークを咥えながら首を傾げる。
ムラカミがレコードを止め、いいから来い、とクロサワに伝える。
「あれってなんなんだよー……」
の椅子とは少し距離を取って五人が立ち並ぶ。
横に来たヤスオカに耳打ちをされ、クロサワがようやく理解を示した。
「あー! あれか! なんだよ、そうやって言ってくれれば分かったのに」
「もう! 言ったらびっくりしないでしょ!」
「てかあれは様のたんじょ」
「だから、言っちゃ駄目って言ってるでしょー!」
「……いいか?」
クロサワの口を塞ぐヤスオカに、ムラカミが鎮めるように聞く。
二人ともが慌てて口を閉ざし、姿勢を整えて頷いた。
四人とも準備が出来たのを見て、ムラカミは主人へと顔を向ける。
「しばしお時間を頂けますでしょうか、お嬢様」
「いったい何が始まるのかしら」
「ご覧頂ければお分かりになります。多少拙いのは愛嬌とお思い頂ければ幸いです」
恭しく取るムラカミの礼は五人の中で一番完璧なものだった。
そして、カウントが始まり、指を鳴らし、息を吸った。

それは確かに拙いが、実に心地の良い音楽だった。
今まで聴いたどんなものよりも、綺麗な重なりを見せた。
始めて間もないハーモニーは、ところどころ外れ、ずれる。
それでも不思議なほどに広がり、混ざり、気持ちが良かった。

五人の宝物が、またひとつ増えたのだった。





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執事が熱い!ということを小耳に挟みましたので。
その他にも、いわゆるベタ設定(記憶喪失やら天才病弱やらトラウマやら瞳の色が特殊やら義手やら)も満載!
色々ごめんなさい。