共犯ライアー
「今日はケンの日だね」
マックに向かっているその背中に言葉を投げる。
「…言うと思った」
「毎年思うけど、嘘をついていい日なんてユーモア溢れる時代よねー」
「本当にね」
振り向きもせずにキーボードを叩く指も止めずに返って来る。
そういう状況がもうすでに二時間続いていた。
初めは雑誌を捲っていたけれど飽きたので、ソファに寝転がりながらその上下逆さまの背中を眺める。
「ねぇ」
「んー?」
「あとどれくらい掛かる?」
「んー…分かんない」
「……仕事と私との時間、どっちが大切なんですかぁ?」
鬱陶しい彼女のように語尾を上げて聞く。
イメージとしてはバニーボーイのようなイノセントの瞳を携えて。
するとようやく彼の指が止まり、くるりとこちらを向いた。
「ムーとの時間ですよ」
苦笑の割りにはっきりとした答え。
寝転んでいた体勢を反転させその目を見て、思わず笑いが零れた。
「嘘つきー」
言うと、彼はなんのフォローもなしに少し笑っただけでまた背中を向けてしまった。
カタカタと小気味の良いリズムが聞こえる。
やれやれとまたその背中を眺め続けた。
奥さんともこんな感じなのだとしたら、奥さんに同情してしまう。
そう考えていると、彼は振り向かずに口を開いた。
「じゃあさ」
「んー?」
「ムーは仕事をしている俺と、二人きりの時間を大切にしてベタベタする俺、どっちがいい?」
振り向かず、手は全く別の面白い事を打ち出して。
彼の脳の中はどうなっているのやら。
というか別にベタベタする必要は微塵もない。そういう関係じゃないのだから。
それでもただの友達とも親友とも違う。
「んー…、そりゃ断然、ベタベタするケンがいいなぁ」
タン、と一つ大きくキーボードが叩かれ、音が止む。
チラリと顔だけこちらに向けて少し笑う。
「嘘つき」
どこまでも楽しげに言って、すぐさま画面へと顔を戻した。
失礼な嘘つき呼ばわりに反論も否定もせず、ソファへとずぶずぶと顔を埋めた。
こんな会話ほど不毛なものもない。
私達の関係を表すのは一言で十分だ。
共犯者。
故郷で罪を犯して、この時代の全てに嘘をついて、
私達は、こうやって不毛な会話を繰り返せる。
「今書いてるのはどんな話?」
「俺が実は未来人だっていう話」
「…嘘つき」
「嘘なんかついてないよ」
「っていうのが嘘なのね」
「うん」
「やれやれ…」
彼の作業が終わるまで一眠りでもしよう。
そう思い、目を閉じた。
カタカタと鳴る音を子守唄代わりにして。
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嘘といえば彼。