星降る雨 私はこの世界に絶望していた。 それまで面白いと思っていたものが、面白くなくなっていた。 彼ら以上に面白いものはない、そう悟らされ、全てが色褪せた。 彼らの居ない世界など、意味をなさない。 それこそあの人がアトムの居ない時代に用がなかったように――。 俺はこの世界に辟易していた。 面白いものなど何もなかった。 だから作ってやろうと思ったのにそれすらも拒むような世界だった。 本当につまらない。退屈な世界だ。 「なぁ、『あめ』って知ってる?」 椅子から振り返って聞けば、ジャンは少し面倒臭そうに笑った。 「キャンディーの事か?」 「いや、キャンディーの事じゃなくて」 「単純に雨か。んなのそこらじゅうに降ってるじゃねぇか」 窓の外を指差すジャンに、俺は口角を上げて首を横に振る。 「そうじゃなくて。俺が言ってるのは『水が降る雨』の事」 「水ぅ?」 予想通りの怪訝を通り越して馬鹿にしたような声色。俺は笑みを崩さないまま窓に寄って外を覗いた。暗闇に走る数え切れないほどの閃光。散らばった星屑が線を描き横切っていく、または落ちていく。一般的にそれを雨と呼んだ。 「水ってそりゃシャワーじゃねぇんだから」 「うん、シャワーじゃないんだ。ちゃんとした自然現象」 「あぁ? なんだそれ、また面白話のネタか?」 ジャンの言い様に若干眉を潜める。 彼の物言いが横柄なのはすでに知るところだが、言葉のチョイスには気をつけて欲しい。 「面白話じゃないって言ってるだろ。コントだよ」 俺は訂正しながら椅子へと掛けなおし、宙にウィンドウを出して先程までやっていた作業の続きを始めた。後ろから鼻で笑う音が聞こえる。何度も懲りずに訂正するのに呆れてるらしい。言わせてもらえれば、その度に訂正の必要な言い回しをするジャンもジャンだと思うのだけど。 「それに雨はコントのネタじゃない。本当に地球の自然現象。まぁ、最後に観測されてから千年近く経ってるみたいだけど」 「ふうん?」 「地球に人が六十億居た頃の話。雨が降らなくなってから当然自然が機能しなくなって人々は宇宙へと旅立つ他手がなかったのです」 話とは一切関係ない文章をウィンドウへ羅列していく。ウィンドウと同時に出したキーボードを打つ事で文字が現れる。映し出されているのは漢字と平仮名片仮名で構成される日本語。 今じゃ出身なんて本当に関係ないのだが、コロニーによっての民族性は、地球にあった国民性というものと似ているらしく、俺が生まれたコロニーは日本民族の集団だった。共通語を習うと同時に日本語も習う。コロニーを出ればほとんど通じない日本語を今でも使っている俺は奇特な人間なのかもしれない。ちなみに喋っているのは共通語の方。 「ふうん。あ、ケン。その見捨てられた星に着くぞ」 ジャンの声にウィンドウから顔を上げ前を見る。 窓の外に色味のないくすんだ惑星が肉眼で確認できた。 現在では総人口数五千万人くらいの地球。 むしろこれでも多い方だと偉い学者達は言うが、末端の現地調査研究員の俺としては何を持ってして多いと決めるのか分かりかねた。元は六十億居たのを考えるとどうみたって少ないだろうに。 コントの脚本の打ち出しを中止し着陸に備える、と言っても全てオートだから何をするでもない。俺が準備するのは外へ出るための着替えだ。 「今日も日本か?」 「うん。まぁ、基本的に調査出来る土地が少ないっていうのもあるからだけど。でも俺日本結構好きよ」 「ふうん? ほんっとお前って根っからの変わり者な。面白話と言い、エリート一族なのにこんな仕事に就いてる事と言い」 「コント、だってば」 「どっちだって同じだよ。その頑固さも筋金入りだな。そりゃみんなお前のパートナー辞めたがるわけだわ」 「……」 別にジャンの口の悪さには慣れているからそこに腹を立てたりはしない。俺の家系がお堅い一族だと言うのも本当の事だし、変わり者なのも否定出来ない。頑固なのも、だ。 ただ、そう、確かに俺のパートナーになった奴はみんなすぐに辞めていく。 ――居心地悪いんだよ。何でも分かってる風な顔して。 何でも分かっているつもりもないが、そう見えたのなら仕方がない。臨時パートナーのジャンでさえ最近そんな様子を見せている。結局誰も俺を理解しようとしてはくれないようだ。 芸能文化が廃れた今の時代を俺は何故か酷くつまらないと感じていて、だからかその文化が残っている大昔の地球に興味があった。 『お笑い』という人を笑わせるための文化があった事には感動したし、張り切って僅かな文献を掘り出し見様見真似で脚本というものを書き始めてみた。 しかしそういう俺の行動は周りにしてみれば概ね奇妙なものらしく、『人間が人間を笑わせる事を目的に芝居をする』というのがどうにも理解しがたいらしい。 自分が変わり者なのも時代にそぐわないのも言い訳する気はないから、居なくなるパートナーを引き止めたりはしないし、追いかけたりもしない。それはしょうがない事なんだって諦めている。でも、だけど、それでも、パートナーが去っていく度に感じる喪失感。 俺はそれが一番嫌いだった。 そのパートナーが嫌な奴だろうと良い奴だろうと関係ない、常に等しくやってくる感情。 その気持ちを味わう度に思う――絶対に去らない俺だけのパートナーが欲しい、と。 「なぁ、なんだコレ」 今にも崩れそうなコンクリートの建物の内部。 何となくでしか判断できない棚が並んでいる中、別の部屋から戻ってきたジャンが不思議そうに手にしたものを上げた。 「んー? あぁ、それはコンパクトディスクの破片じゃないかな」 「コンパクトディスクぅ? どこがコンパクトなんだ?」 「昔の人にしてみればそれでも十分コンパクトなんだよ」 「じゃあこのちっこいのはなんて言うんだよ」 「ミニディスク」 「ミニとコンパクトの違いってなんだよ……。つかディスクって?」 「データを持ち運べるようにした媒体だよ。ここの銀色のとこに情報を記録して、専用の機械で回転させて読み込ませる」 俺の説明にジャンは珍しく素直に感心したようだったが、この程度の知識はこの分野を専門にしている奴なら誰だって知っているような事だ。 まぁ、ジャンは臨時の手伝いだから知らなくても仕方ないのかもしれないが。 「じゃあ、俺が見つけたこれもその専用の機械があれば中身が見れるって事か?」 「いや、それは完全な円盤状になってないから無理だなぁ」 「破片だけじゃ復元も出来ないのか?」 「うん、無理だと思うよ。それにその読み取りの機械だってそう簡単に使えるわけじゃないし。お偉い専門家さんしか使えない、超高級品にして超骨董品。俺達みたいな末端には使わせて貰えないよ」 「ふうん……。やっぱこういう地球に調査地買ったり出来る奴じゃないと、駄目だって事か」 つまらなそうに銀の欠片を放り出す彼に苦笑しながら頷く。 今俺達が調査しているビルはとある専門家の土地だった。 滅びた星は、調査するにしろ住むにしろ莫大な金が掛かる。だから地球に住む事は変わった金持ちの道楽としてひっそり流行っているような状況だった。 そんな中、ソレが聞こえてきたのはひとまずの調査を終えて船に戻ろうとビルを出た時だった。初めは住人の話し声かと思ったが、どうやらそうではないようだ。 「……なんだぁ?」 「人の声だ」 ジャンの疑問に耳を澄ませながら答える。 人の声がビルと瓦礫の埋もれるこの街全体に響いていた。 かなり怪訝に思いながら辺りを見渡していると、街のところどころに小型の機械が括り付けられているのに気付いた。そこから音がする。 「……あぁ、分かった。ラジオだ」 「ラジオ? ラジオってこんなんじゃねぇだろ。個人に直接聞かせる……つか何言ってんのか分かんねぇよ。これ何語だ?」 言われてハッとする。 よく聞いてみれば確かに流れてくる言葉は共通語ではない。自分には普通に理解出来たから気付くのが遅れた。翻訳機がなくても分かる。自分の出身コロニーの言葉。 「日本語だ……」 その言葉をもっとよく聞こうとスピーカーの傍へと走り寄る。 それはとても奇妙な音だった。二つの声がするのに、途中で沢山の笑い声がする。主に喋っている二人の男の会話も相当不思議なもので、全く噛み合っていないのに会話を進めていた。 「オイ、ケン? これ調査となんか関係あんのかよ」 気味悪そうにしているジャンの言葉に応えず、ジッと耳を傾ける。 心臓はバクバク言っていた。もしかしたら、と息を呑んだ。 数分間そうやって聞いていて、確信した。 スピーカーの前から動かない俺にジャンは怪訝な目を向けていたが気にしない。 「なぁ、なんなのこれ」 「分かんない。でも……、きっとこれが……」 「あぁ? って、ケン! オイどこ行くんだよ!」 怒鳴るジャンを振り返らずに、ひび割れの多いコンクリートの道を真っ直ぐ走った。 スピーカーから流しているという事は多分、昔の方法で放送しているから、電波受信区域というのが存在するはず。それはそうそう広くない範囲だと記憶している、ならば近くに今の放送を流した人が居る。 スピーカーの取り付けられている範囲は思ったよりも狭く、俺達が調査していたビルのある大きな道路沿いにしか設置されていなかった。 それならば話は早い。人の入れそうなビルを覗き込んでいけばおのずと見つかるはず、と探していたら目的の場所は予想以上にすぐに見つかった。 「ここって……」 携帯端末で調べると、記憶通りの所有者名が上がる。大きな括りで言えば俺の雇い主であり、有名な学者であるその人の名前。 恐る恐るガラスの入っていない入り口を潜り抜けビルへと入る。まさか本人が居るとは思えないから、不審者が勝手に住み着いているのだろうと用心しながら進んでいく。 ビルに入ってからの音の出所を探すのは簡単だった。放送がずっと続いているから音がよく聞こえる方へ進めばいい。 階段を二階分上った部屋の一つに発信源はあった。 外から様子を窺うと、テーブル状の機械がいくつかあって映像が流れるモニターの前に女が座っていた。しばらく見ていたがそれ以外人が居る様子もなかったので、意を決して壊れたドアを跨いで部屋に入った。 「そこで何をしてるんですか」 声を掛けると、女は驚いたように肩を飛び上がらせ振り返り、そしてさらに幽霊でも見たかのように目を見開いた。 「…………」 「貴方、ここの所有者じゃないですよね? ここは私有地なので勝手に入ると不法侵入になるんですよ」 「…………」 女は全く俺の話に反応しないで、ずっと俺をぽかんとした表情で見ていた。そんな彼女にはお構いなく、俺は不法侵入がどうとかよりも聞きたい事をずばり口にする。 「あの、その流してる奴ってなんです? もしかして……『コント』って奴だったりしません?」 するとようやく彼女はハッとした様子で反応を見せた。 「え、あ、ハイ」 その答えに自然と心臓が高鳴る。喜びの声を上げたいのをなんとか抑えて、相手が不審がらないようにと極力普通の調子で喋ろうとした。 「僕、貴方みたいな人探してたんですよ!」 「え……えぇ?」 明らかにミッション失敗。 あからさまに困惑している彼女の返答に、興奮が隠しきれなかった事を心中で反省し、こほん、と一つ咳払いをして仕切りなおす。 「すみません、突然変な事言っちゃって。僕、この区域の考古学的な調査員をやってます、」 「小林賢太郎……さん?」 今度は俺が驚く番だった。 「え……? えっと、そうですけど……」 久しぶりに聞いた自分の日本名。古めかしくて聞き取りにくいのでいつもは「ケン」と名乗っている。もっぱら厳格な正式書類にしか使わない、そんな日本名なのに。 「えっと……どこかでお会いしましたか?」 自分が忘れているのだろうかと彼女をマジマジを見たが、その顔には全く見覚えがない。 一方で彼女の方は、信じられないものを見たという表情で目を輝かせていた。 え、なに、俺なんかしたっけ。 すっかり逆転した立場に、俺の困惑に気付いたのか彼女は謝罪を述べると、椅子から立ち上がり姿勢を正した。 「えっと、正確に言うと会った事はありません。でも私は貴方を知っています」 「……どういう事ですか?」 眉を潜めて聞き返すと、彼女は椅子の前から退いて、俺を手招いてみせた。 そろそろと傍に寄り、彼女が示したモニターを覗き込んだ。モニターと配信用の機械をコードで繋ぐという今ではあまり見なくなった方法で放送をしているらしい。そのモニターにはたった今も放送されている内容が映し出されていた。 これが本物のコントか、と感激したのだが。 「……ん?」 おかしな点に気付いた。 ステージは黒いシンプルな造り。 演じている二人も上下黒の服で、片方が兎の耳を付けた格好をしていた。その兎耳を付けた男に見覚えがあった、というより、よく知る顔だったのだ。 「これって……」 信じられない気持ちで振り返ると、彼女は少し笑んで頷いた。 「貴方、だと思います」 「え、でも俺こんな事やった事ないですよ。ただの空似でしょう?」 「この人の名前、小林賢太郎って言うんですよ」 「……どういう事なんです?」 状況が掴めず、モニターに映る自分にそっくりの男と彼女を交互に見やる。彼女は少し困ったように髪を掻き揚げて、俺に椅子に座るよう促した。 「私にもよく分からないんだけど……」 並んだもう一つの椅子に腰掛けながら彼女は話を始めた。 彼女の名前はムー。 本名はもっと長く、教えて貰って驚いたが、彼女はここを所有するお偉い学者さんの孫なのだそうだ。だから不法侵入ではない、と思いきや了解を得て住んでいるわけではないらしく、機械を持ち込んだのもその機械自体の拝借も無許可で、両親やお爺さんに知られると大変困る状況なのだとか。 「だから報告しないでね」 そうムーは悪びれなく言った。そんなお嬢様が何でこんなところに居るのか言うと。 「これのせい」 機材の上から手に取って見せたのはプラスチックケース。一瞬何かと思ったが、それがDVDケースだと気付いて興奮する。状態がとても良く文字もちゃんと読める。 「……ラーメンズ?」 「そう。遥か昔の芸人さん。このDVDね、うちの家系に伝わってるものなの。と言ってもみんな見向きもしないけど」 「……芸能だから?」 「うん、多分。みんなに見せたんだけど、誰も面白いと思ってくれなかった。……こんなに面白いのになぁ」 拗ねたように肩を落としたムー、本当に残念がっているのが見て取れて少し可笑しかった。 「それで……、なんでそれに俺に似た人が居るの?」 「似た人、じゃなくて多分本人だと思う」 「だって、このDVDは凄く昔の……うっわ、千年以上前のじゃん」 裏の年号を読んで余計に驚く。本当によく残っているものだ。 「貴方は、この世界が面白いと思う?」 DVDケースを眺めていると、唐突に話が変わった。 は、と彼女に視線を戻すとムーは酷く真面目な顔で再度質問する。 「貴方は、今の、この時代が面白いと思いますか?」 「…………」 「私はとてもつまらないと思う」 ――本当につまらない。退屈な世界だ。 「特にこれを見てからは全部がつまらなく思えて仕方なかった。こんなに面白いものをつまらないという世界が変だと思うくらい。多分、貴方も同じ気持ちのはず」 図星だった。ムーの言う事は痛いほどによく分かる。 それでも、すぐさま肯定する事をせず、彼女の次の言葉を待った。ムーは俺が先を待っていると知ると、少し辺りを見渡してから若干声を潜めて言った。 「私は、過去に行こうと思う」 「……」 ある程度予想していた言葉でも、実際口にされると鮮烈だった。 「でも……過去への干渉は重罪だし、それに人が行き来できるマシンはまだ開発されてないはずだけど?」 「行き来しなければいいと思わない? 過去への干渉は重罪なんだから、行ってしまえばこの時代は何も出来ない。行きだけなら理論上は可能なマシンがすでに出来てる」 一応の一般常識を口にしてみたが、練習していたかのような素早い応えに、言葉を失う。 俺もこの世界を退屈だと思っていたけど、まさか全てを捨てて過去へ行こうとは考えた事もなかった。 「ケン。貴方は私と一緒に行く」 「……なんでそんな事が断定出来る?」 見透かしたようなムーの言葉に少しムッとして聞く。 ムーは俺の持っていたDVDケースを取り上げて、苦笑しながら示して見せた。 「だってすでに貴方は過去にこうやって形跡を残してるから」 「…………」 「あ、別に強制してるわけじゃないよ。まぁラーメンズが見れなくなるのは凄く残念だけど、過去には他にも沢山の芸人が居るみたいだし」 ムーの一言一言に気持ちが誘われる。 自分の未来が過去に存在する事に多少の違和感はあるが、そんな事を上回る興味。 「決行するのは明日」 「あ、明日っ?」 「うん。今までそのために準備を進めてたから……、急で申し訳ないんだけど、行くなら今日中に決断してもらわないと」 実は今日ここで放送を流したのもこの時代へ別れの挨拶のつもりだった、とムーは笑った。 そのためだけにこの馬鹿高い機械をこんな廃屋に持ち込んだのか。 呆れを通り越して感心する。 「行くか行かないか。どうする?」 「……ねぇ、一個聞いてもいい?」 「……どうぞ?」 「その写真の、モジャモジャの人って……俺のパートナー?」 DVDケースに載っている写真を指差す。 「うん。そう。片桐仁って言う、貴方の相方」 「俺の、相方……」 もう一度写真を見る。変な髪形の男。片桐仁。彼が俺の相方。 「このラーメンズは、どのくらいこういうのをやり続けたの?」 聞くとムーは意外そうな顔をして、少し笑った。 「そこまでは分からないけど……」 「けど?」 彼女は確信犯的な笑みを浮かべる。 もう俺がこのDVDの時代に心掴まれている事を見透かしているような笑い方だった。 「貴方が続けたいって思えばいつまでも続くんじゃないかな」 今日は全国的に雨でしょう、という朝の天気予報通り、夜になっても雨は一向に止む気配がない。窓を遠慮なく叩く雨粒を見つめながら、この時代へ来た日の事を思い出していた。 大雨の中に辿り着いて、ムーとその初めて見る自然現象に目を丸くしたのを鮮明に覚えている。叩きつけられる雨の感触や匂い、異常なまでの興奮に期待。 元の場所への惜別なんて忘れて、その新しい未来に酷く感動して、河原で絶叫したのだ。 今思えば青春の一ページにしたって恥ずかしい状況だけど、俺はまだその時の感動を超える感動に出会っていない。 「なぁ、『あめ』って知ってる?」 窓から目を外して、テーブルの向かいで台本を読んでいる片桐に聞く。 台本から顔を上げた片桐が少し面倒臭そうに笑った。 「キャンディー?」 「いや、キャンディーの事じゃなくて」 「普通に雨? それなら知ってるも何も今すげー降ってんじゃん」 窓の外を示す片桐に、俺は口角を上げて違うと手を振る。 「そうじゃなくて。俺が言ってるのは『星が降る雨』の事」 「……星ぃ?」 アーモンドの瞳が意図を探るように笑う。 「流れ星とか、なんとか座流星群とかじゃなくて?」 「じゃなくて。未来ではそういう自然現象があるんだよ」 「なに? それは新しいコントのネタ?」 片桐の困ったような声に、俺はにっこりと笑みを作る。この笑顔を肯定と取ったのか片桐はやれやれと苦笑しながらきっちり結われたモジャモジャ頭を掻いた。 スタンバイお願いします、と声が掛かって腰を上げる。 もう何十回と聞いた掛け声なのにいつも変わらず緊張と興奮を覚える。 それでもまだあの時の興奮には足らない。まだまだ。 「俺、この次の公演のネタもう考えてるから」 「早っ! 今日が初日だって言うのに」 「うん、やりたいネタ沢山あんの」 「それは凄いなぁ」 「だから、もうしばらく付き合ってね、片桐さん」 「……うん、いいけど」 ノーと言わない相方に、俺はにっこりと笑みを返した。 「よし、いきますか」 back 小林未来人説。 コバはこれくらい普通の人と離れてる気がした。 |