誠実で愚直な人
「誠実で愚直って言ったんすよ、右京さんが。陣川さんの事。まさにって感じデショ?」
楽しげに笑いながら亀山は喫煙室で偶々一緒になった三浦にそう話した。
釣られて三浦も肩を揺らす。
「確かにな。まぁ、誠実も使い方を間違えりゃ厄介な事になるって事だな」
今回の事件での陣川の頑なさを思い出し苦笑した。
約束をしたから話さない誠実さは理解出来るが、それにしても愚かなほどに真っ直ぐだ。
二人で笑っていると、ガチャリとドアが開き芹沢が姿を現した。
「あれ珍しいですね。何話してんですか?」
隣りに来て煙草を取り出す芹沢に、三浦は答える。
「誠実で愚直だって話だ」
「ハイ?」
「陣川警部補の事だよ」
「あぁ、あの人ですか。僕はてっきり亀山先輩の事かと」
言った直後芹沢の首に亀山の腕が絡みつく。
「おまえはなぁー。いつもいつも一言余計なんだよッ」
「イタイイタイイタイ!」
「俺はあそこまで何も考えなしで突っ走ったりしねーよ!」
「分かりましたッ、分かりましたから! 離して下さいぃい」
騒ぐ後輩達に三浦は呆れたように肩を竦めた。
しかし芹沢の言う通り、確かに亀山にも当てはまる言葉だと思って感心していた。
「なぁーにやってんだよ、テメェらは」
威嚇するような声が響き、見ればいつの間にか伊丹がやってきていた。
じゃれ合っている亀山と芹沢に不審そうな視線を投げている。
少し力が緩まったのを見て芹沢は慌てて腕から逃れ、三浦の後ろへと隠れる。
「なんだよ、お前も来たのかよ」
面倒臭そうに亀山が煙を吐く。
「あぁ、来ましたよ。俺がどこに来ようとテメェには関係ねぇーだろうが」
律儀に話を返し、三浦の隣りへとやってくる。
「特命なんかと何話してたんだよ」
ねめつけるように問う伊丹に三浦は苦笑していると、芹沢がひょこりと顔を出した。
「伊丹先輩は、誠実で愚直って聞くと誰を思い出します?」
亀山の名前が挙がる事を期待しての質問。
「あぁ? の事か?」
「……」
思ってもみない新たな名前に三人は意外そうに伊丹を見る。
その視線に不愉快そうに伊丹は眉を寄せた。
「んだよ、違うのか?」
言われてみれば確かに突っ走ったところもあり、それでいて被害者家族に対して誠実だ。
芹沢は少し感心したように口を開いた。
「いや、陣川警部補の話だったんですけどね。……そっかもそうですよね」
「陣川? あー確かに奴もそうだな」
「僕的には亀山先輩の名前が出てくるかと思ったんですけど」
言うと、亀山は素早く芹沢を叩いた。
「亀ぇ? 愚直なのは認めてやるけど、誠実じゃねぇだろうよ」
「あん? お前ねぇ何言ってくれてんの? 俺、誠実さの塊じゃねぇかよ」
「はぁ? どこがだよオラ」
どうしても突っかからないと気が済まないのか、と三浦は疲れたように端に寄る。
互いに手は出さないものの、睨み合いの子供の喧嘩は相手にするのも疲れるのだ。
すると、ガラス扉の前を見知った女が通り過ぎ、こちらに気づいて戻ってきた。
ガチャリ、とドアが開かれる。
「皆さんお揃いですねぇ」
つい先ほど、伊丹の口から名前の出た だ。
子供のいがみ合いを続けている伊丹と亀山を見て少し笑いながら三浦に近付いた。
「またやってるんですね。原因は何ですか?」
「誠実で愚直な奴の話だよ」
軽く笑って返してやると、は僅かに考えるように首を傾け伊丹と亀山に目をやる。
「つまり伊丹さんの事ですか?」
「それでどうなったのですか?」
「そりゃもう凄く怒られました。なんでそこまで怒られなきゃいけないのかっていうくらい」
納得いかない様子で口を尖らすに、杉下は楽しげに微笑む。
喫煙室から何故か特命に避難してきたへと紅茶を注ぎもてなす。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「元はと言えば僕の発言がいけなかったのでしょうかねぇ」
茶目っ気を含んだ声色で言うと自分の紅茶もカップに注ぎ、ポットを定位置へと戻す。
カップを傾けながらは笑った。
「そういえば元を辿れば警部ですね」
「えぇ」
「誠実で愚直…、確かに言われれば陣川さんでも亀山先輩でも当てはまります」
「伊丹刑事の言葉を借りれば、貴女も」
ティースプーンで紅茶をかき混ぜる杉下がチラリとを見て、目を細めた。
は困ったように苦笑する。
「本当に印象は人それぞれって事なんですかねー。誠実…誠実?」
うーん、と唸るを眺めながら、杉下は微笑んだままカップに口を付けた。
「なんのお話?」
特命係に独特な声色が響いた。
顔を上げれば見た事のある顔。
「小野田官房長っ!」
はカップをソーサに戻すと立ち上がって礼をする。
突然の訪問者に対して杉下は無表情で僅かに頭を下げた。
「こんな若いお嬢さん連れ込んで、昼間から何をしてるのかしら?」
「誤解を招くような言い方はよして下さい。貴方とは違います」
「それこそ誤解を招きますねぇ」
官房長と臆する事なく話をする杉下には内心ハラハラする。
二人が旧知の仲だというのは聞いており、階級には頓着しない間柄だというのも知っているのだが。
いつ目撃してもハラハラするのだ。二人のやり取りは。
「まぁ、いいでしょう。それで? 何の話をしていたの?」
小野田の視線がへ向いて、ビクリとする。
「え、あ…えっと」
助けを請うように何ともない顔をしている杉下へと視線を送る。
一度カップを傾けると、杉下はそれに答えた。
「誠実で愚直な人の話ですよ」
「……なるほど、それはお前の事だね?」
「……」
杉下のカップを持つ手が止まり、も唖然とした思いで小野田を見た。
二人の様子を見て小野田は眉を上げる。
「あれ、違うの? お前ほど愚直に融通の利かない人も居ないと思ったのに」
「官房長…」
表情の読めない杉下を気にしながらが止めようとするが小野田は気にする様子もなく続ける。
「そしてお前ほど真実に誠実な人も居ません」
「……」
小野田の口から出た言葉には驚く。
杉下はピクリと眉を動かすと、小野田を見据えた。
「用事を、仰ったらどうです?」
「なぁに?」
「そのような事を言いにわざわざいらっしゃったのではないでしょう?」
「そうそう、忘れるところでした」
わざとらしく手を打つと小野田は何かを言おうとしてに目をやる。
それを察しては慌てて頭を下げる。
「あ、すみません、私失礼します!」
言うとまだ半分以上残っている紅茶をグイと飲み干した。
少し驚いた顔をしている二人を横に、カップを置くとは出口へと向かう。
「失礼しました! 警部、紅茶ご馳走様でした美味しかったです!」
また礼をして足早に去っていった。
見えなくなるまでそれを目で追うと、感心したように小野田は口角を上げる。
「なかなか面白い子ですね」
「……」
「あの子、捜査一課の子でしょう? 見た事ある。確か…」
「刑事です」
「そうそう、さんね。あら?」
5課へと目を向けていた小野田が気付く。
特命係のもう一人の刑事が戻ってきたのだ。
「あぁ、小野田官房長」
廊下でと会ったのか、小野田を見た亀山に驚いた様子はない。
「おかえりなさい」
「ただいま……って一体どうしたんですか?」
小野田の挨拶に返したものの、事態が飲み込めず二人の顔を見る。
杉下が無言で小野田を促す。
「うん、じゃあちょっと込み入った話をしますね」
そう言うと小野田は聞き耳を立てている5課の刑事をチラリと見て、ブラインドを閉めた。
逃げるようにして特命を後にした。
自動販売機のある休憩スペースにやってきて、少し考えた後携帯を取り出し掛ける。
コール四つ目で目的の人が電話に出た。
『大河内です』
静かで慎重な声。
「です、今大丈夫でしょうか?」
『えぇ。どうかしましたか』
人目を気にして声を潜める。
「小野田官房長が特命にいらっしゃいます」
『……そう、ですか。理由は分かりますか?』
「いえ、そこまでは。すみません」
そうですか、と言って短く沈黙した。
大河内とは特別親しい間柄というわけではないが、偶然行きつけのバーで出会った。
顔だけは知っていたので頭を下げる程度の挨拶をした。
それが二度三度続き、互いに一人だったのもあり少し酒を交わしてお喋りを楽しんだ。
その時大河内がに妙な頼み事をしたのだ。
「小野田官房長が特命に顔を出したら、ですか?」
「えぇ。別に強制はしません、そのような話を聞いたらで結構です」
「別に構いませんけど…、何故ですか?」
「……官房長が特命に顔を出す時は必ず、何かしらの事件に関わっています」
「あー…」
「しかも私の管轄の事である場合も多い。だからです」
「なるほど…。分かりました、官房長が見えたら大河内さんに連絡をします」
「ありがとうございます」
そう言って電話番号を交換した。
大河内はの報告に、眉根を寄せて左手でラムネの入った小瓶を握り締める。
厄介な事が起こる。そう思うと溜息が出た。
『官房長は何か言っていましたか?』
「特には……あぁ」
『はい?』
「誠実で愚直な人」
『…なんです?』
怪訝に返すとは少し笑いを漏らした。
「いえ、杉下警部とそんな話をしていたら、官房長が"それは杉下の事だね"って…」
『誠実で、愚直な人?』
「はい、私は別の人を思い浮かべました。人のイメージって本当にそれぞれなんですね」
『……』
「っと、すみません雑談でした」
『いえ…。報告ありがとうございました』
「いえ、大丈夫です。それではまたそのうちあの店で」
『えぇ。お会いしたら奢らせて頂きます』
「ありがとうございます」
それでは、と電話を切る。
大河内は携帯を離し、ラムネ瓶に目を落とした。
"誠実で愚直な人"
その言葉で思い浮かんだ人物は一人だけだった。
それは話題の杉下でもなければ、電話相手の彼女でもない。
どこまでも誠実に秘密を貫き、どこまでも馬鹿正直に愛をくれた人。
「……」
歯を噛み締め、ラムネ瓶の蓋を捻り開ける。
数粒出すと口へ放り込んだ。
――「大河内さん」
聞こえてきた幻聴をラムネと一緒に噛み砕いた。
「はぁー、それはまた面白いお話ですねぇ」
黒ブチ眼鏡の向こうで瞳が輝く。
資料を受け取りながら一通り話したところの彼の感想だった。
一課に戻ったに、三浦が鑑識課から資料を貰ってくるように言ったためやってきている。
「本当に人の印象ってそれぞれなんですね」
「それはそうでしょう。ですがそこにはなんらかの気持ちが込められていると思われます」
楽しげな声とは裏腹に少し真剣な顔になってみせる米沢。
「なんらかの気持ち?」
「ハイ、『誠実で愚直』と称した相手には少なからずの好意が含まれていると」
「好意、ですか?」
不思議な顔で米沢の推論を聞く。
「誠実さというのは外見や少し付き合ったくらいでは判断つきません」
「そうですねぇ」
「その人の言動をきちんと見た上での評価です。愚直は目につきますが誠実さは見ようと思わなければ見えませんから」
確かにその通りかもしれない、は頷いた。
「勿論杉下警部や官房長達がどういうつもりで使ったのか、本当のところは分かりかねます」
「認めているという感じはしますけどね」
「えぇ。ですが、互いに名前を挙げるというのはいささか出来すぎな気がして、何だかご馳走様と言いたい気分です」
「へ?」
一瞬、何を言っているのか分からず間抜けな声を出すが、米沢の意味深な視線にハタと気づく。
「あ、いや、えっと…」
「ほぉ、言葉を詰まらせますか。益々当てられている気分ですねぇ」
「よ、米沢さん、面白がってるでしょう?」
恥ずかしさで眉を下げて米沢を見ると、ニコリと八重歯が覗いた。
「えぇ」
「……伊丹さんをからかうのはやめて下さいね。私が怒られるんですから」
「残念ですがそれは叶わないでしょう。私も怒られますから。あ、これも資料です」
思い出したようにパソコンの横からファイルを取り出してへと向けた。
それを受け取ると、少し赤い顔のまま頭を下げる。
「じゃあ、戻りますね」
「えぇ」
もう一度頭を下げて部屋を出ようとすると、ドアから人が入ってきた。
「あれ、伊丹さん」
「資料貰うだけにどんだけ時間掛かってんだ、おめーはよ」
を睨みつけ手に持っていたバインダーで軽く叩く。
「す、すみません…。でもわざわざ呼びに来たんですか?」
「んなわけねーだろうが。この資料鑑識に返すよう言うの忘れたんだよ」
だからわざわざ持ってきたのだと、面倒臭そうに溜息を吐いてバインダーを米沢に渡す。
受け取る米沢はどこか面白げな視線を二人に向けながらも、無粋な干渉は控えるとばかりに頭を下げるだけだった。
「ほれ、とっとと戻んぞ」
「あ、はい!」
伊丹の後ろについて部屋を出る。
通路を歩いていると、伊丹が少し振り返った。
「鑑識と何話してたんだ?」
「え? あ、いや、別に」
「余計な事くっちゃべってたんじゃねぇだろうな?」
「そんな事ないですよ。さっきの、『誠実で愚直な人』の話をしていただけです」
「余計な事じゃねぇか」
「そうですか?」
「ったく。今日はそれ一課に置いたら上がれんだから、さっさと上がんぞ」
エレベーターホールまでやってきて、ボタンを押す。
動く灯りを眺めながら隣りを見やる。
「明日は伊丹さんお休みでしたっけ?」
「あぁ。だから俺は今日は飲める。お前も付き合わせるぞ」
「それはいいですけど、みんなで行くんですか?」
酒は凄く強いというわけではないが、先輩を相手に出来るくらいは飲めるので断る事はまずない。
の問い掛けにいつもであればイエスなりノーなりすぐ返事があるのに、先輩刑事の横顔は何か思考する様子で眉を寄せている。
「あ、そういえば、三浦さんは今日は駄目なんですよね。じゃあ、三人で?」
エレベーターがやってきて伊丹が先に乗り、もそれに従う。
二人だけで閉まった扉を見ながら、一課のある階のボタンを押した。
「……」
「伊丹さん?」
全く返事のない相手に首を傾げる。
苦虫を噛み潰したような顔でをチラリと見ると、すぐさま視線を外して手で口を覆った。
「どうかしたんですか?」
「ったく……」
口を押さえていた手がの頭へと伸びる。
思わず身構えるが、それも虚しくクシャクシャと髪を混ぜられてしまう。
「うわ、なんで…」
「俺は『誠実』なんだろーが。だったら三人で飲み屋行くしかねーだろっ」
「……」
思ってもみない発言にがポカンと伊丹を見上げた。
髪の毛がグシャグシャのまま、ポンと音がしてエレベーターの扉が開く。
それと同時に伊丹は顔を背けたまま早足でエレベーターを降りたので、ハッとしても後を追った。
「俺は『誠実』なんだろーが。だったら三人で飲み屋行くしかねーだろっ」
そんなつもりで言った『誠実』ではなかった。
けれど、それを真に受けて三人で飲もうと言ってくれる優しさがにはとても嬉しかった。
ファイルを抱き締めながら一直線に一課へと足を向ける伊丹の背中を追い駆ける。
「伊丹さん!」
ひょろ長い背中に一課の入り口手前で追いつくと、腕を軽く叩く。
「今日二人で飲みましょうね」
「あ?」
どこか紅潮しているようにも見える伊丹の顔に怪訝なものが浮かぶ。
それに対して笑顔で返すと、一足先に一課へと入った。
「三浦さーん、遅くなってすみません、これ資料です」
「おう、ありがとう。はもう上がりだろ?」
「そうですー。あ、芹」
帰り支度をしていた芹沢が振り返る。
「最近彼女とは上手くいってる?」
「いってるよ。でも事件があったからあんまり会えてないんだよねぇ」
「あーそれは仕方ないね」
言いながら芹沢の傍へと寄り、妙な視線を向けてくる伊丹をチラリと見ながら声を潜める。
「じゃあ、今日は早く帰りなよ」
「え、それが出来れば嬉しいけど…」
「伊丹さんは私がなんとかしておくから。ね?」
少し考えるような表情を見せるが、先輩との飲みと彼女とでは元々比べる必要もない。
「じゃあ、そうしようかな」
「オーケー」
二人でニコリと笑いながら頷いた。
商談が成立したところで、が三浦と伊丹へと向き直る。
「そういえば、さっきちょっと妙な物を見たんですよ」
「妙な物?」
三浦が作業の手を止めて聞いたので、は先ほど会った特命係への訪問者の話をした。
「官房長が特命の部屋に来ただって?」
「そうなんですよ。なんか秘密の話もあったみたいで、私はすぐ退散したので内容は分からないですけどね」
老眼鏡をずらしながら三浦が嫌そうな顔をするのに応える。
「てか、なんでお前特命の部屋になんか行ってんだよっ」
「だって喫煙室で伊丹さんが怒ったからですよー」
「先輩、そんな事より小野田官房長が特命に行ったって事はまたなんか事件なんじゃないですか?」
に詰め寄っている伊丹へ芹沢がやれやれといった顔で言う。
「そうだよ、おい、伊丹どうするよ」
三浦からも問われ伊丹は面倒そうに舌打ちをした後、芹沢に目を向けた。
「とりあえず芹沢、お前ちょっと探ってこい」
「はぁ、分かりました」
渋々といった感じでいってきます、と一課を出て行く芹沢がにだけ分かるようにウインクを投げて寄越した。
それを見ては一つ手を叩くと、伊丹の肩を叩く。
「よし、伊丹さん、帰りましょう」
「は?」
「おいおい、そりゃちょっと薄情じゃないか? 芹沢に行かせといて」
少し意外そうに三浦がを嗜めるが、は勝手に伊丹の机の上の整理を始めている。
「お前、勝手に触ってんじゃねーよ!」
「そうなんですけど……多分特命はもう帰っている時間じゃないかと思って」
言われて先輩二人が時計へ目をやる。
事件があってもなくてもいつでも暇なのが特命係である。
それこそわざわざ自ら頼まれてもいないのに事件の捜査でもしていない限りその帰りが早いのは普通だ。
「だったらさっき言えよそーいう事は!」
「いーじゃないですか、ほら、行きますよ」
「おいおい、」
グイグイと伊丹の背中を押して帰ろうとする後輩に三浦が困惑したような声を掛ける。
「なんか急を要するようなら連絡下さい」
「オイ、! コラ押すな!」
抵抗する伊丹の背中を抱えながらも一課の出口へと近付いてく。
「芹は最近彼女と会えていないんですよ! 今日は私だけで我慢して下さい!」
「知るか!」
そのやり取りで三浦はようやく合点がいく。ならではの芹沢に対する優しさなのだと。
「じゃあ、お先に失礼しますー!」
「ってめぇ!」
腕に絡みつかれ解こうとしながらも本気でないのが見て取れる伊丹の様子。
それを知った上でグイグイと引っ張りながら通路へと消えていく。
やかましい二人を見送りながら三浦は嘆息して、書類へと目を戻した。
「やれやれ、どれが口実なのやら」
「いい加減離せ!」
「ハイハイ、失礼しました」
やいのやいのと騒ぎながらエレベーターに乗り込み改めてその腕を振り解く。
いくら鈍いと伊丹とてさすがにの魂胆は分かっていた。
「、さっきの話は本当なのか?」
「官房長のですか? 本当ですよ。でもさすがに今日すぐにどうのって話じゃないと思ったもので」
「ったく。回りくどい手使いやがって」
「だって強引にでもいかないと三人でってなるじゃないですか」
口を尖らせながら言うに、伊丹がグッと押し黙る。
奥歯に苦虫が挟まって取れないような顔をしながら、しかしその顔は薄らと朱が差している。
そんなちぐはぐな表情で伊丹は大きく舌打ちをした。
「人が折角『誠実』でいってやろうってのに……」
「そんな事しなくても、伊丹さんが誠実なのは知ってますから、ね?」
クスクスと楽しげに笑うの頭を一発叩くと、伊丹は鼻で笑った。
「お前なんか『誠実』でも『愚直』でもなくて、ただの馬鹿だ馬鹿」
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第三の男2の後の話。『誠実で愚直』という言葉が実は定かじゃありません。
そして一番書いてて楽しかったのが官房長でした。