台風一過


天候に左右されるその気分は、まるで子供のようだと思った。

「オイ、いつまでそうしてるつもりだよ」
「・・・・・・何が」
「何が、じゃねぇよ・・・」
大きく嘆息して、煙草を一本取り出す。
咥え、火を点けるまで相手の反応を待ったが、何も返ってこない。
「・・・ったく」
薄暗い窓の外。
日が沈むにはまだ少し時間があるにも関わらず、どす黒い雲のせいでモノトーンな世界になっている。
今日一日中、リビングのソファでクッションを抱えながらしかめっ面の奴。
台風の日はいつもこうなる。
仕事中だろうと、恋人と一緒に過ごしていようと関係ない。
同僚として大きなヤマを追っている時にそれを初めて知って、恋人になってからもさらにそれを感じている。
「オイ、今日どうすんだよ」
聞いてみたところで、ロクな返事が来るわけもなく。
どうせ一日こうやって過ごすはめになるのだと、朝起きて窓の外を見たときから完全に諦めていた。
煙草を一本吸い終わっても、はソファから動く気配がない。
「・・・やれやれ」
付き合いたてでは怒鳴り散らしたり苛々させられたが、今ではそれすら放棄。
台風の日のに何を言っても無駄なのだ。
だから俺は二つ並ぶのが馴染んできたカップを取り出して、インスタントコーヒーを淹れる。
いつものようにソファに座り、カップの一つをに差し出す。
「・・・・・・」
お礼は言わなくても、クッションをどかしてカップを手に取っただけ今日はマシな方、だな。
自分のコーヒーをすすり、静かな音で点いていたテレビに目をやった。
・・・・・・最近よく見かける芸人達が楽しげに談笑をしていると言うのに、こいつはクスリともしない。
リモコンを手にして、適当にザッピングをする。
チャンネルが変わろうが隣りは何も言わない。テレビに何が映っていようとどうでもいいんだろう。
ニュース番組で手を止め、新着の台風情報を眺めた。
「お、今夜中に居なくなるってよオイ」
明日は台風一過、気温も上がり暑くなりそうです。だと。
じゃあ、明日になればこいつも通常営業に戻るな・・・。
初めこそ息が詰まる思いだったが、もう慣れた今となっては速く台風が去ってくれるのを待つのみ。
それでもやはり、いつものに戻って欲しいと僅かでも思ってしまうのは・・・仕方ない事だ。
ズズズと音がして隣りを見ると、体育座りで背を丸めたままカップを傾けている。
気力の欠片も窺えないその動作に、少し苦笑して口を開いた。
「・・・・・・明日夕飯食べに行くか」
本当は今日、有名レストランとやらでディナーの予定だったのだが、この台風ではキャンセルせざるを得ない。
普段のなら行くと言って譲らないだろうが、台風の日は別。
だから明日、台風が過ぎ去ったら、こいつが元気になったら。
予約の要らないような普通のレストランでいいから、一緒に夕食を食べよう。




「伊丹さんッ!」
名前を呼ばれて振り返る。
黒い上着を着た茶髪の男がこちらへ駆けてくるのを認め通路を塞ぐべく立ちはだかる。
「どけぇ!」
振り上げられた革バッグを避け、男をタックルするように止める。
後方に居た三浦が駆け寄り加勢したおかげで、男を倒し取り押さえる事が出来た。
男が走ってきた方からと芹沢が走ってくる。
「大丈夫ですか!」
大丈夫だと応えながら、暴れる男の手首に手錠を掛ける。
昼前に起きた傷害事件の犯人だった。
目撃証言から犯人のアパートまで四人でやってきて囲んだところで、出掛けようとした犯人に遭遇。
と芹沢が刑事だと名乗った瞬間逃げようとしたので、俺と三浦がそのまま取り押さえる形になった。
「21時45分、とりあえず公務執行妨害だな」
時計を見て確認をすると、三浦と芹沢が男を立たせ連れて行った。
「今日中に解決出来そうで良かったですね」
隣りにやってきてがそう言う。
「あぁ・・・、そうだな」
チラリと時計をもう一度見やって、顔をしかめた。
もう、店は閉まってるとこが多いだろう。
これから署に戻って犯人の取調べを始めるとなれば余計に無理な話だ。
「・・・・・・今日は無理そうだな」
車まで戻る間にポツリと漏らせば、は昨日と打って変わった笑顔で振り向いた。
「あ、ご飯ですか?」
「・・・・・・」
「別にいつでもいいですよ、レストランなんか。今日は出前で我慢しましょうよ」
いつもの愛想が良い答えに、一つ深い嘆息。
こうも天候に左右されるのは刑事以前に大人としてどうなのだろうか。
頭を掻きながら、出前のメニューを考えるの楽しげな笑顔を眺める。
「・・・ったく」

「あ」
アパート前の砂利の駐車場に止めた車までやってくるとが声を上げた。
後部席に乗り込もうとしてた俺と運転席に乗ろうとしていた芹沢が動きを止める。
「なんだ?」
聞くとは空を見上げたままで指で示して見せる。
「ほら、今日満月ですよ」
見上げれば雲の見当たらない深藍の夜空。
その最中に眩しい程に浮かぶ、白い丸い月があった。
「おー綺麗」
芹沢が俺の代弁をした。
後部座席から三浦と男が、怪訝そうにこちらを見ている。
「・・・月はいいから、オラ、戻んぞ」
少しだけ名残惜しい気持ちを抑え、自分も乗り込む。
最後までは月を見上げていたがもう一度急かすと大人しく助手席に座った。
車がゆっくりと発進する。

「あ、月見うどんにしよう」
静かな車内、の夕食のメニューが決まった。




back


秋に書いたもの。