たがあめ
窓にはカーテンが掛かっていて、だから気づいた時には本降りになっていた。
「あれ、降ってる」
彼女の漏らした言葉が、妙に大きく聞こえた。
事務的な打ち合わせが終わって(と言ってもほとんど雑談だったが)、帰りどうするかとまた雑談。
そんなだるさの混じった煩くもない賑やかな会議室内。
カーテンを引いた彼女の呟いた小さなその声が、雑音を縫って俺の耳に届いた。
結局のところ、作業の遅れている俺とリーダーは残る事になり、他は無情にも帰ってしまった。
村上は他の部屋で作業をしていて、広い会議室の隅っこに俺一人、ひたすらノートに向かっている。
文字の羅列に書き直した跡、意味のない線にラクガキの跡。
散々ペンを走らせに走らせ、ヘビーローテーションしていた音源をプツリと止めた。
脇に置いたコーヒーはすでにぬるいを通り越して冷たく味気なくなっている。
「くぁー…っ」
凝り固まった背中を大きく仰け反らせて伸ばす。
中途半端に引かれているカーテンの隙間から暗い外が覗く。
窓を叩く音が増している気がする。
ザーという雨音を聴きながら、少し目を閉じて疲れた脳を休めようとした。
「あ…」
カチャリとドアの音がして、女性の声。
目を開けてそちらの方に視線をやれば、俺の存在に驚いたような彼女の姿。
「あ、酒井さん、すみませんまだいらっしゃったんですね」
彼女――さんは事務所のスタッフをしていて、こうして事務所にやってくる度に顔を合わせている女性だ。
さんの言葉に気づいて、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「もしかして時間そろそろですかね?」
「いえ、もう少し大丈夫ですよ。他に残っている人が居るみたいですし」
「あぁ、じゃあよかった」
俺のホッとした声に彼女はクスリと笑った。
「まだ居残りなんですか?」
窓の鍵の確認をしに来たらしく、窓に向かいながら俺へと視線を寄越した。
頭を掻いて苦く笑って返す。
「はい、居残り組でーす」
「お疲れ様ですー」
いやぁ、労いの言葉がありがたい。
とっとと帰ってしまった他の奴らとは大違いですな。
窓を覗き込む彼女の後姿を眺めながら、ありがたさを噛み締めていると。
「雨、凄いですねー…、んー」
しかめた横顔に、おや、と眉を上げる。
「どうかしたんすか?」
「あ、いえ、何でも。そういえば酒井さん以外にも居残り組は居るんですか?」
他の部屋の戸締り確認のためだろう。俺はリーダーの名前を出した。
「あれ、なんだ、村上さんも居残り組なんですか?」
彼女が楽しげに笑う。
その笑みに一種の親しみを感じ、俺は笑い返しながらも複雑な気持ちになる。
非常に些細な事でありながら、非常に気になる事柄。
さんと村上は仲が良いという事。
直接聞いた事はないが、メールをしたり飲みに行ったりする間柄ではある、らしい。
「さんはもう帰り組ですか?」
「ハイそうですね。でも…あー、多分大丈夫です。あ、コーヒー淹れましょうか?」
「え? あ、大丈夫です、自分でやりますんで」
「そうですか?じゃあ…お先に失礼しますねー」
「お疲れ様ー」
扉を出て行くさんに手を上げる。
「酒井さんも、お疲れ様です」
笑顔で残していったその言葉に、馬鹿だと思いながらも口元が緩む。
それで素直に頑張ろうと思えるのだから、俺という人間は大概単純だ。
ペンを持つ前にカップに口をつける。
「ん…」
そういえば冷たくてまずいんだった。
淹れ直して来ようかと、たった今彼女の出て行った扉を見やる。
――「ハイそうですね。でも…あー、多分大丈夫です」
何が大丈夫なのだろう。
帰る事に何か不都合でもあるのだろうか。
考えながら立ち上がり、会議室の隣りにある給湯室へと足を向ける。
出た通路はあたりまえだがひと気もなく静かだった。
給湯室のシンクに残りのコーヒーを捨て、新しいのを淹れ直す。
ぼうっと居残り課題と彼女の事を思い浮かべながら、淹れたてを口に運んだ。
ザー、と。
雨の音が耳に入り、狭い給湯室の突き当たりの窓へと目を移す。
確かに凄い雨だ。
――「雨、凄いですねー…、んー」
彼女の憂いを帯びた横顔。
その意味するところはなんなのだろう。
窓の傍へ寄り外を確かめる。
「うわー…こりゃ止みそうにないな…」
強さを保った水が降り注いでいる。
天気予報ではこれほどに降るとは言ってなかったはずだが。
まぁ、車の俺にはあまり関係ないか……。
「あ…」
分かった。
雨だ。
俺は慌てて会議室へと戻ると、コーヒーをテーブルに乱暴に置いて己の荷物に目をやる。
雨。
荷物を置いた椅子の背もたれに掛けておいたそれ。
俺は車だけど――彼女は。
まだ、居てくれ。
「あ、居た」
ヘッドホンから流れてくる音楽以外の音が聴こえた。
顔を上げれば、ドアから見知った顔。
「居残りお疲れ様です、村上さん」
が微笑みながら部屋へと入ってきた。
俺はヘッドホンをずらしてペンを放り、に笑顔を向ける。
「おー」
「窓の鍵の確認だけさせて下さいね」
「あ、もうそんな時間か。まだ誰か残ってんの?が最後?」
「まだ残ってますから大丈夫ですよ」
引かれたカーテンを直しながら答える。
窓を打つ雨の音に気づいて、眉を潜めた。
「うわ、雨すげぇじゃん」
「そうなんですよねー、全然止む気配ないです」
「マジで? 俺傘持ってきてねぇ」
言いながら腰を上げ、の傍まで行き窓の外を覗く。
確かに空には厚そうな雲が覆いかぶさっていて当分止みそうにない。
昼に家出た時には小雨で、すぐ止むと思っていたから傘も持って来なかったのに。
「チッ、これじゃタクシー掴まんねぇかもなぁ」
「あれ、今日は車じゃないんですか?」
「それがさぁ、俺今日帰りにバリバリ飲みに行こうと思ってたのよ。だから」
「あー」
「歩きと電車で帰るか…あ、酒井に送って貰うかな、あーでもアイツ方向真逆だ…」
もう一度舌打ちをする。
窓の鍵をチェックしながらが少し笑った。
「よかったら事務所の傘使います?」
「事務所の傘?」
「えぇ、忘れ物とかで溜まってる奴です。多分まだ二本くらいならあると思いますよ」
ありがたい言葉に眉を上げる。
「二本って事は、お前も傘忘れた口?」
「それが行きに同僚に車乗っけて貰ったんですよ。そしたらその中に傘を忘れちゃって」
「その同僚は?」
「とっくに帰ってます」
「あーぁ」
失敗だと苦笑するに笑う。
と話をするのは楽しい。
「じゃあ、傘頼むわ。一本しかなければが使うといいよ」
「え、でもそしたら村上さんが」
「いーのいーの。女の子をずぶ濡れにさせるのは俺のポリシーに反します」
「ぽ、ポリシー?」
かっこつけて口角を上げれば、可笑しそうに噴き出す。
「ま、最悪酒井に頼み込んで送って貰うとかすっから、大丈夫だよ」
「そうですか。じゃあ、今持ってきますね」
「あぁ、お願い」
小走りに部屋を出て行った。
今日は無理でも、今度夕飯でも奢ってやろうかしらとふと思う。
傘とか関係なく、アイツと飲むのは心地が良いのでよく誘うのだけど。
これがただの親しみなのかそれ以上なのかはまだ分からない。
「ホントにすげぇ雨だな…」
と飲んだりするようになった頃、俺には彼女が居たし。
それが一ヶ月前にその彼女と別れ、晴れて俺はフリー。
「まぁ、酒井次第、か」
頭を掻きながら、窓に背を向けて先程まで座っていた席まで戻る。
酒井がの事を気にしているのは知っている。
同じ女を気に掛けれてば何となく分かる。
気を遣って同じ酒の席に呼んでやった事もあったけど、アイツは一向に動こうとしない。
今まで聴いていた音にあわせて言葉を乗せる。
「はやっくしなーいとーぉー、俺がアタックしーちゃうぞーぉーうぉーいぇー」
意外にハマって、自分で少し笑った。
ガチャリと部屋のドアが開く。
「村上さん、ありましたよー」
「お、はえーな」
「もう世界新記録ですよ」
「なんの?」
「二本の傘を探すという種目の」
「あきらかに流行らなさそうな種目だこと」
「あはは。折りたたみとビニール傘どっちがいですか?」
くだらなさに笑いながらが袋から取り出した傘を見る。
ビニール傘は少し破れている感じだったので、そっちを指差す。
「じゃ、そっちでいいや」
「あ、でもこれ破れてますよ?」
「いーって。折りたたみ面倒なんだよ」
「あーまぁ確かに。じゃあ、こっちですね」
渡されたビニール傘を受け取ってお礼を言う。
「おう、ありがとな。今度なんか食べに行こうぜ、奢ったる」
「え、いいんですか。ただ傘持ってきただけですよ?」
「いーのいーの」
「じゃあ、遠慮なく。ゴチになりますー」
笑顔で手を合わせてお辞儀をする。
「つかもう帰るんだろ?気をつけて帰んなよね」
「あ、はい。村上さんも気をつけて帰って下さいね」
「おう。風邪引くなよー」
「はーい、じゃ、お疲れ様でした」
「おつかれー」
頭を下げながら手を振るに、傘を振って返す。
ドアがしまって、雨の音だけの空間になる。
テーブルの上の紙類に目を落として、自分の手の傘を見て。
傘返しに来る時にでも飯誘うか。
ビニール傘返しに来るのも微妙かもしれないけど。
ヘッドホンを掛けながら、もう一度窓に目をやって呟く。
「雨止まねぇかなぁ…」
「止まないよなぁ」
結局、雨が全然止みそうにない事を確認しただけになった間抜けがココに一人。
事務室をチラと覗いて居なかったので、玄関先まで走ってみたがその背は見つけられなかった。
「やれやれ…」
もっと早く気付けば傘を貸してあげる事が出来たのに。
その先に下心の算段がないと言えば嘘になるが、それにしてもこの雨だ。
すぐにタクシーが捕まるとも思えないし、どの道傘なしじゃキツいだろう。
「大丈夫かねぇ」
口の中で呟き、もう一度玄関を見やる。
玄関先の街灯に反射するように白い線が容赦なく落ちている。
溜息を吐いて、傘を持ったまま部屋へと戻る事にした。
「あれ、酒井さん」
エレベーターを降りたところで明るい声がした。
「さん…」
「どこか行ってたんですか?」
笑顔で話しかけてくれる彼女はまだ帰り支度をしていない様子で。
ビニール袋を持っているだけだった。
「え、あ、そう、さん、もう帰るんですよね?」
「えぇ、そうですよ。戸締り確認しましたし」
その時にどこかですれ違いになったのだと気付く。
戸締りしながらのさんと真っ直ぐ(しかも階段で)事務室に向かった俺とは会えるはずもない。
自分の行動の浅はかさに苦笑しながら、頭を掻いた。
「酒井さん?」
「あぁ、いや。さんもしかして帰り歩きですか?」
「はい、そうなんですよ。傘を忘れてきちゃって、もう…」
「あ、じゃあよかったら、これ使って下さいな」
言って、スッと抹茶色の無骨な傘を差し出す。
今のタイミングは間違ってなかったよな?
「え?」
驚いた表情のさんに、言い訳のようなものが口から飛び出す。
「あ、いや、ほら、俺は車ですし。歩きなら傘なしじゃ辛いでしょう? ねぇ?」
ラジオでメールの宛て先を言うよりも早口でそんな事を言う。
さんは少しぽかんとしたがすぐに笑顔を戻してくれた。
「え、え、いいんですか? 車って言っても駐車場まででも濡れちゃいますよ?」
「俺は大丈夫ですよ。女性がねぇ、身体冷やすのはよくないですから」
どうぞ、とまた傘を向けると、彼女は傘とビニール袋を交互に見つめ、焦ったように顔を上げた。
「あっと、えっと、ごめんなさい、ちょっと待ってて下さいね!」
「え? ちょ、え?」
聞くより早くさんは踵を返し、どこかへと走っていった。
不可解な行動でも、待てと言われたら待つしかない。
エレベーターの下行きのボタンを押しながら、傘を手に首を傾げた。
バタン、と大きな音で開かれたドアに首を傾げた。
「どうした?」
がどこか慌てたように入ってきたのに少し驚いてヘッドホンをずらす。
俺の方へ足早に詰め寄ると、は勢いよくビニール袋を差し出した。
「こ、これもあげます」
「は?」
目の前のビニール袋は確認するまでもなくついさっき見た折りたたみ傘の入った袋。
怪訝に眉を潜める俺だが、はやけに血色の良い顔色で袋を俺の手へ持たせる。
「ごめんなさい、ちょっとえっと、とにかくどうぞ!」
「とにかくって…、お前傘ないんじゃなかったのか?」
の目が忙しなく泳いだ。
これほどに挙動不審な彼女は初めて見る。
「つか、二本もいらねぇんだけど…」
「いや、えっと、本当すみません、ここに置いていって貰ってもいいので」
そわそわと身体を動かし手を大げさに振ってそう言いながらドアへと向かう。
「は? オイ、?」
「お疲れ様でした!」
来た時同様に大きめの音を立ててドアが閉められた。
引きとめようと伸ばした手が虚しく空気を掴んでいる。
意味が全く掴めず、傘の入ったビニール袋をテーブルへと置いて、音楽を止める。
「なんなんだ…?」
念のためにビニールを開けて見たけれど、中身は当然さっきと変わっていない。
本当に意味が分からない。
俺が選んだビニール傘がボロいのを気にしてくれたのか、何なのか。
無意識のうちに窓へと目をやる。
雨の音も窓を叩く雫も減っているようには到底見えない。
傘を置いていって大丈夫なのだろうか。
「大丈夫大丈夫」
すぐに戻ってきたさんの心配のお言葉に笑って手を振った。
何をしにどこへ行ったのか分からないが、手ぶらで帰ってきたところを見ると何かをしまいに行ったんだろう。
彼女は嬉しそうに傘を受け取ってくれて、俺の笑みもだらしないものになってるに違いない。
「あ、じゃあ今度お礼に夕食でもどうですか?」
「はい?」
「奢りますよ」
ニコリと微笑む彼女。
俺の下心が漏れ出しているのではないかと思うほど嬉しい展開。
けれど、唐突の申し出に内心ドキリとして、そのまま手を振ってしまう。
「そんな、お礼なんてとんでもない」
夕食は置いといて、奢られるのは男としてどうかと思うわけで。
でも、と彼女が申し訳なさそうにするので、頬を掻きながら一つ提案。
「あー、じゃあ、割り勘だけど、さんが美味しいところを探すっていうのはどうです?」
「え?」
「最近新しい美味い店が中々見つからないもんで、オススメのお店あったら教えて欲しいんです」
これは本当だった。
忙しさもあり、あまり店探索に足を伸ばせないでいたのだ。
さんの表情に笑みが戻る。
「それじゃあ、探しておきますね」
思わずガッツポーズでもしたかったが、そこは抑えて頭を下げる。
「お願いしますー」
「あれ、下で呼ばれたみたいですね」
ずっとボタンを押しっぱなしで止めていたエレベーターが鳴ってそれを知らせた。
さんが慌てて乗り込む。
「あ、連絡先、えっと、あ、村上さんから聞いても?」
言われてハッとする。そう言えば互いに番号もアドレスも知らない。
了承すると、彼女は改めて傘を持ち上げながらニコリと笑った。
「傘、本当にありがとうございます」
「いえいえ、気をつけて帰ってくださいね」
本当は送っていってあげたいのだけど、という言葉は飲み込む。
ペコリと会釈する彼女に、手を振って返した。
エレベーターの扉が閉まるまで見送って、一階へと向かう灯りを確認してから身体を反転させる。
嬉しさで口角が怪しく歪んでしまうのを抑えながら部屋へ戻ろうとする。
「あ、そうだ」
村上にさんから連絡あったら、俺のアドレス教えても良いって言っておかないと。
そう思い、足取り軽く村上の残っている部屋へと足を進めた。
ノックもなしにドアが開いた。
傘を手にしたまま顔を上げれば、どこかにこやかな酒井の姿。
「リーダー。はかどってますか?」
「んにゃ、あんま進んでねぇー。今日はもう無理そうだ」
テーブルに傘を放って腕を上げる。
「そー言うお前は?」
聞けば肩を竦められて首を横に振られる。
目が死んでなかったので、てっきり言葉の神が降りてきたのかと思ったのに。
「なんだよ、お前もか。今日は帰るか? どのみち待ってても雨は弱まりそうにねぇし」
「ね、雨すんごい降ってるよね」
二人で窓の外の景色に目をやり、少し沈黙。
「あー…これじゃ駐車場行くだけで全身濡れるな」
呟くように零した酒井の言葉に眉を潜める。
「あれ、酒井お前傘持ってきてなかったか?」
確か、椅子の横に掛けていたような。
不思議に思っていると、酒井は思い切り目を泳がせて、あーとかえーとか言っている。
なんだ?
「って、あ! なんだアンタ傘二本持ってんの?」
手持ち無沙汰にいじっていた傘と、傍に置いてある傘を指差された。
「よかったらどっちか貸してくれない?」
「だからお前傘持って……」
妙な反応の酒井に眉を潜めて、ハッとする。
急に傘が不要になった。
急に傘が必要になった酒井。
「……」
「村上?」
なるほどな。
「結局お呼びでなかったわけだ」
「は?」
「よし、酒井。傘貸してやっから、俺をマイハウスまで送ってってくれ」
「は、アンタの家こっからじゃ反対方向じゃないの」
「いーじゃねぇーかよー。この雨じゃタクシーも捕まらねぇもん」
少し面倒そうに嘆息するが、その辺は気分がいいから大丈夫だろうよ。
なぁ、酒井さんよ。
「この雨じゃあ仕方ないか。いいですよ送っていってやろうじゃないの」
「送り狼にはなっちゃヤーよ」
「誰がなるか誰がッ」
「ホレ、貸してやるから」
ビニール傘を投げれば、慌てて受け取る酒井。
「帰ろうぜ」
じゃあ、と片付けるために酒井は部屋を出て行った。
ヘッドホンをプレイヤーから外して、散らかした紙を片して。
鳴り止まない海鳴りのような雨の音。
何かを洗い流すには十分な雨量。
「あーぁ」
意味もなく溜息が漏れた。
失恋というには、恋が浅すぎて薄すぎて淡すぎる。
鞄に物を詰め、折りたたみ傘を手に持ち、確認を済ませるとドアへと歩く。
ドアを開けながら窓に目をやって、との飯の約束はどうなるんだろうかとふと思った。
思っただけでそれ以上は考えず、パチンと部屋の電気と共に俺の中の何かも消した。
「そういやぁリーダーなんで二本も傘持ってたんだ?」
「んー……内緒」
「なんだそれ」
運転席で怪訝な顔をする酒井に、にんまりとした笑みを返してやる。
これくらいの意地悪は許されるだろう。
back
たがあめ=誰の雨
書きたかったもの、傘のやり取り。