イート・チョコレート



トロトロと溶ける、チョコレートのような。
甘く濃厚に香る、チョコレートのような。
舌を痺れさせる、チョコレートのような。

そんな人。


「陽一は……チョコレートみたいだね」
貰った花束を見つめながらポツリと呟いた。
「んー? どうしたの唐突に」
目の前で私から貰ったクッキーを頬張っている陽一が首を傾げる。
一体日本の男性の何割がバレンタインデーに彼女に花を贈るのだろう。
そういう事をサラリと、さりげなく当たり前のようにやる、目の前の人。
「とても甘いチョコレートみたい」
意識せずに溜息が漏れた。
ライブを観に行くたびに、陽一の格好良さにクラクラする。
先日のライブもそうだった。
その魅力はずっと一緒に居ても色褪せる事がない。
一口齧れば口内で甘く溶け出すチョコレートのような。
?」
少し怪訝そうに名前を呼ばれる。
「比べて私は……」

飲み込めもせずそのまま味気を無くしていく、ガムのような。
溶ける事がなく無味を晒し続ける、ガムのような。
道端で踏んで迷惑がられる、ガムのような。

そんな自分。

「ガムみたい」
「……」
神妙な顔で陽一が傍へとやって来る。

低く呟かれる度に痺れる気がする。
そっと後ろから包まれるように抱き締められる。
私が手にしている可愛い花束が潰れないように後ろから。
「何かあったんだね」
「……」
仕事でちょっとしたミスをした。
普段ならしないような有り得ない凡ミスだった。
「ガムでもいいじゃないか」
「……」
「チョコなんてすぐ溶けてなくなっちゃうけど、ガムはいつまでも形が残るんだから」
「それが嫌なの。味がなくなってもずっと残ってる、ずっと……」
耳元でフッと笑われたのが分かった。
「どんなでも俺は残っていて欲しいけど……、がそうじゃないって言うなら」
一層響く低い声。
「俺と一緒になって溶けちゃおう」
「……無理だよ。ガムだけ残っちゃうもん……」
「んーん。違うよ。チョコとガムを一緒に食べるとガムも溶けるんだよ」
「え?」
顔を動かせば目の前に微笑んだ陽一の顔。
「知らない? チョコの成分がガムを溶かしちゃうんだよ。だから二つを一遍に食べると両方とも溶けてなくなっちゃう」
「そうなんだ……」
「そう。だから」
ギュッと、強い温もり。
「俺と一つになって溶けてなくなろう」
「……」
少し下ネタのような茶目っ気を含ませる陽一に軽く笑う。
そうして、世界一優しい声で囁く。
「大丈夫。なら出来るよ。ちょっとした失敗なんかすぐに挽回できる」
「……」
何も言ってないのに。
仕事で失敗したなんて言ってないのに。
何でも見透かして、何でも優しく許容してくれる。
「大丈夫だよ」
「……うん」


トロトロと溶ける、チョコレートのような。
甘く濃厚に香る、チョコレートのような。
舌を痺れさせる、チョコレートのような。

そんな、人。





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北山さんには夢見がち。ありえないくらい優しい王子でいて欲しい。