still-unfolding story − side other −
「紅茶、飲む?」
「あ、飲む、ありがとう」
言って差し出される空のカップを受け取る。
に日常が戻ってきた。
陽介とマンションで二人暮らし。
パソコンに向かっている陽介に紅茶を飲むか尋ねる。
そんな日常。
結局本当の意味で陽介が戻ったのは年が明けてからだった。
クリスマスに再会したはいいが、陽介には事後処理が残っていた。
もう一年も待たされたのだからさらに少しくらい、とは笑って承諾した。
生きていてくれるだけで嬉しかったから。
何故生きているのか。
の質問に応えたのは村上だった。
「死んでなかったからだよ」
「・・・答えになってませんよ」
そう返すと村上は拗ねたように口を尖らせる。
その様子に北山がクスクス笑いながら口を開いた。
「ちゃん、君のお兄さんはね、うちの組織の優秀な解読班の人なんだ」
「解読班・・・」
陽介に目をやると彼は困ったように笑みを浮かべて手を振った。
の知っている陽介がそんな人だとは思えなかったが、パソコンのパスワードの件を思い返すと納得出来る。
「だから狙われたんだ」
「・・・・・・でも、何で殺されなかったんですか?」
優秀な解読班だから標的にされた、というのは分かるがそれならば何故陽介は生きているのだろう。
北山は楽しげに微笑む。
「優秀だからだよ」
「・・・優秀・・・だから?」
「うん、多分本当は殺すつもりで陽介さんを拉致したんだろうけど」
チラリと陽介の方に視線を移す北山に釣られてもまた陽介を見る。
自分の兄として以外の陽介を聞くのは凄く不思議な気がした。
「陽介さんがあまりにも優秀だったから、拉致した組織は内密に彼を生かす事にしたんだ」
「き、北山さん・・・その優秀って言うのやめて貰えませんか・・・?」
恥ずかしそうに陽介が言うのに、周りが笑う。
「だって事実ですから。それでなければ敵対してる組織の解読班を自分のところで使おうとは思わないでしょう」
「北山先生、貴方の事尊敬してるんですよ。いつも言ってましたもん、凄い人が居る!って」
安岡の言葉にさらに恐縮する陽介。
それにも可笑しくて少し噴き出すが、それにしても兄がそんなに優秀な人だとは。
「あ・・・、でもだとしたらあの高橋っていう人は嘘を吐いたって事ですか?」
陽介は死んだ、と言った男。
その問いには村上が下らなさそうに答える。
「アイツは向こうでも下っ端だったって事だろ。組織の重要な部分は教えてもらえていなかった」
だから、の兄が帰ってきているという噂に慌てて家まで乗り込んできた、というわけか。
扱いは村上達の組織でも同じだったようで、村上が生きている事を高橋は知らなかった。
だから村上が現れた時驚いたのだ。
どちらでも深い信用を得られていなかった男。それはそれで可哀想な人である。
「その高橋って人は・・・」
そう口にすると、村上の細い目がさらに細められた。
「それはナイショだ」
口角を上げて茶目っ気を含んで言うが、その瞳は鋭く暗い。
触れてはいけないところだった、とは息を呑み、こくんと頷くだけで返した。
「それにしても」
話題を変えるように明るい声がした。
「村上と陽介君の声って本当に似てるね」
黒沢が本当に感心したようにそう言った。
「そうそう、そうだよな、俺も聞いた時驚いたわ」
「僕も。まさかここまで似てる人が居るとは」
思い出したように酒井と安岡も同意する。
言われた方の二人は顔を見合わせて少し複雑そうな顔。
「確かに似てるとは思うけどよ、そこまでか?」
「そうですよね・・・そんなに似てる?」
陽介に問われて、は噴き出してしまう。
「私が聞き間違えるくらいなんだから、やっぱ似てるよ」
言って陽介にカップを差し出す。
「ん?ありがとう。似てるって・・・あぁ、村上さん?」
「うん、そう」
パソコンから振り返って苦笑する陽介。
その気弱な笑みからは到底村上と結びつくようなところはない。
その声だけ、なのだ。
「でも・・・もし村上さんの声がお兄ちゃんとそっくりじゃなかったら、こうやってお喋り出来なかったかも」
あの夜、ナイフを向けた男の声。
探し続けていた声。
それが今こうやって本物に繋がった。
「まぁでも、もう会う事もないから間違える事もないね。ライブにはまた行きたいけど」
事件が終わり、陽介は少しの休暇を取っている。
は卒論の発表のために学校に行き始めている。
普通の日常。
陽介自身はまた組織に戻るが、元々彼らとは接触するような立場ではない。
それこそ互いに会おうと思わなければ会えないらしい。
ゴスペラーズ。
表のアーティストとしても、裏の人間としても、が直接会う事はもうないだろう。
「まぁ、でももしかしたらまた会えるかもしれないじゃない」
陽介が柔和に微笑んでカップを傾ける。
「そうかな?」
「うん、きっと会えるよ」
「そうだといいね」
釣られて笑みを返した。
ピンポン。
チャイムが来客を知らせた。
「あ、私出るよ」
そう言ってが玄関扉を開けると郵便物の届けだった。
速達だから、とサインをして大きな茶封筒を受け取る。
「・・・ん?」
その宛名は、自分だ。
そしてその右下に印刷されたロゴには聞き覚えがあった。
「・・・グラシアス・・・・・・?」
不思議な思いで首を傾げながらリビングに戻る。
「なんだった?」
陽介が聞いてきたので封筒を示してみせる。
あぁ、と一つ頷いて陽介は微笑む。
「開けてみたら?」
「う、うん・・・。ねぇグラシアスって・・・ゴスペラーズの・・・」
「・・・開けてみたら分かるんじゃない?」
どこまでもニコニコとする兄に、は怪訝そうにその封筒を開ける。
それは、グラシアスに内定が決まった事を知らせる書類だった。
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まだ展開中のストーリー
アンケート(深層心理分析)はそのためのものでした。
(ゴスペラーズ達も学生時代にやらされたもの。ただしメンバーによって好き勝手に質問が変えられているらしい)