赤酒
俺の彼女は口癖が酷い。
「雄二は可愛いねー」
「可愛いって言うなって言ってるだろうがッ」
毎回同じ反論をしても、いっつもニコニコしている。
にとっての「可愛い」は褒め言葉というより、むしろからかいの意味でしかない。
そう分かっているのに。
「わぁー、雄二真っ赤だよー」
「人を指差すんじゃありません!」
俺は「可愛い」に対して照れたりしているわけではなく。
単純にその「可愛い」の恥ずかしさに耐えられないのだ。
三十過ぎた、しかもタッパのある髭生えた男に向けて言う言葉だと到底思えない。
「雄二ってすぐ赤くなるよね、可愛い」
「うぎぎぎ…」
愉快そうに俺の頭をポンポンとする。
そろそろ俺が耐え切れなくなるのを見ると、クスリと柔らかい笑みを浮かべた。
いつもそうだ。
俺の我慢バロメーターをは正確に把握している。
そうして、今度は俺を宥める言葉を掛ける。
「ごめんごめん、好きだなと思うと何もかもが愛しく思えてくるの」
「……分からなくはないがなぁ、可愛いはやめてくれ」
「んー…じゃあ」
スッと顔を俺の耳元に近づけた。
「I love you」
吐息と共に妙に発音のいい甘い囁き。
思わず体温が上がる。
「また真っ赤だよ」
「ほっときなさい…」
顔に手を当て楽しげなから目を逸らした。
は言葉を惜しまない。
俺を困らせるためかそうでないのか分からないが、とにかく素面で愛を囁く。
安岡や北山みたいな奴だ。
言われる俺が恥ずかしがるばかりで、自身は全くそういう事を言うのに抵抗がないらしい。
だからいつも困る俺を、彼女は楽しげに見つめるのだ。
その笑顔が妙に腹立たしくもあり、愛しくもあり。
「あ、コーヒーのおかわり淹れよっか。お湯を沸かそう…」
二つのカップを覗いてそう言い、が立ち上がろうとする。
その腕を咄嗟に掴んだ。
バランスを崩したが俺の腕へと収まる。
驚いたような顔が俺を見上げてきたので、それに覆いかぶさるように顔を近づける。
そして耳元で囁いた。
「I love you too」
自分で言ってみて恥ずかしさのあまり顔をしかめる。
やっぱり俺にはこういうのは向いていない、顔が熱くなるのが分かった。
また笑われるのだろう、とチラリとに視線を落とす。
「……」
「…」
見た事もないほどに顔を赤らめる。
動揺しているようで落ち着かないほどに視線を泳がせている。
こんな彼女、初めて見た。
「顔、真っ赤だぞ…?」
「…ッ!」
慌てて腕で顔を隠す。
「……」
もしかしてこれは。
「お前…言うのは平気な癖に言われるの駄目なのか?」
「…い、いや、そんな事ないのよ? ただ今のは唐突だったから…」
俺の胡坐の上でワタワタと手を振る彼女が、どうみても動揺していて恥ずかしそうで。
俺は思わず頬が緩む。
「ほぉー」
「……」
気まずそうな瞳がコチラをチラチラ見る。
その様子がどうにも可笑しく、笑いが零れる。
「笑わないでよー…」
「お前だっていつも人の事笑ってるだろう?」
「もー…」
眉を少し寄せて紅潮した顔を手で隠しながら、大きく観念したように溜息を吐いた。
「心臓壊れるかと思った…」
「……」
ぽつりと漏れた弱々しい言葉に一瞬理解が遅れる。
なんか今凄い事言わなかったか?
「なんだって?」
「だから、いきなりあんな事囁かれて、心臓壊れるかと思ったって」
「お前、それは言い過ぎだろうよ」
大げさな表現に呆れて笑う。
「本当だよ」
「…………」
冗談めかそうとした俺を、の真面目な瞳が覗き込んだ。
顔の赤さはまだ引いてはいないのに、照れた様子も冗談を言っている様子もない。
俺はまた自分の顔が熱くなるのを感じた。
何か変な汗出てきたぞ。
眉根を寄せて口をモゴモゴさせる俺。
それを見て、やっぱりは楽しげに目を細める。
「雄二、真っ赤だよ」
その瞳から逃れるように手を被せ隠した。
「うっさい、俺の心臓がもたんっつーの…」
そう情けなく呟けば、余計に可笑しかったのか彼女はクスクスと俺の手の下で笑った。
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赤くなる酒井さん。