愛情を裏返して/酒井
「ごめん、急用が入っちゃって・・・」
久しぶりのオフ、俺の家へ来る予定時刻にそう電話が入った。
非常に残念ではあったけれど、急用なら仕方がない、と何度も謝られながら電話を切った。
とりあえずリビングだけは片したので、妙に綺麗な部屋の中、急遽暇になった俺が一人。
「・・・・・・」
買ったものの手をつけていないゲームでもやるか。
そう思って腰を浮かせたその時。
ピンポーン、と呼び出し音が部屋に響いた。
宅急便かと思いインターホンに出る。
「ハイ」
『酒井さんのお宅ですかー?』
「ハイ?・・・・・・?」
『そうですよ』
「ちょ、お前、待ってろ」
今さっき来れないと言ったはずの思ってもみない来客に、慌ててインターホンを切ると玄関へ向かう。
「お前・・・なんで、さっき来れないって」
「あれ?気づいてない?」
「何が?」
とりあえず上がるよう促しながら、靴を脱いでいるを見下ろす。
少し悪戯っぽく彼女が笑う。
「今日、何月何日?」
「は?・・・あぁ!四月一日か!?」
「うん、そう」
「エイプリルフールか」
「うん、そう」
しまった、不覚だった。
昨夜までカレンダー見る度にエイプリルフールを気にしていたのに。
当日になってスコーンと忘れてた。
「もしかしたら気づいてるかな、と思ったんだけど」
「・・・忘れてたわ」
「来ないって言っといて、来たら面白いかなって」
リビングへ入りカラカラとは笑った。
「ぬぅ、やられたな」
「やったね。あ、持って来たよDVD」
いつもの場所に鞄を置きながら彼女は振り返る。
・・・まぁ、それくらいの嘘なら許しましょう。
少し笑っての取り出したDVDを受け取り、眺めた。
「おー、早速見るのか?」
「どっちでもいいよ?何か近状報告とかあればそっちが聞きたいけど」
最近はゴスペラッツとしての活動も盛んで、さらにゴスペラーズも新しい曲作りへと入っている。
そのため忙殺される日々で中々彼女とも会えない。
寂しいから構ってくれないからと泣かれた事も過去の恋人にはあったが、はその辺サバサバしていて。
寂しいだろ?と聞けば、そうだね、と。
ごめんな、と謝れば、ゴスペラーズも好きだから、と。
「おかげでね、元気に活動させて頂いています」
「あははは、それは良かったね」
「コーヒーでいいか?」
「ありがと」
インスタントコーヒーを用意していると、が棚に陳列し切れなかったCDを眺めている。
ふと、付き合いたての頃に言われた言葉を思い出す。
「酒井さんってあんまり『好きだ』とか言わないね」
「・・・・・・言って欲しいのか?」
「いや別に。ただ・・・今までの人はそういう事をよく言ってたから」
「も『好きだって言って』って言わないよなぁ」
「言って欲しい?」
「いや・・・、遠慮するよ」
その時、無理矢理言葉にする必要のない女性なのだと安堵した覚えはあるけど。
「酒井さん、CD聴いていい?」
カチャカチャとコーヒーをかき混ぜていたら、彼女の声。
「ん、あぁ、いいよ」
返事をしながらカップを二つ持ってリビングに戻る。
CDをコンポにかける彼女の後ろ姿を見ながら、結局『好きだ』なんて数えるほどしか言っていない事に気づく。
しかも片手で足りそうなくらいだ。
コーヒー両手に気づいた事実にしばし呆然と立ち尽くす。
「・・・・・・」
彼女がそれを待っていないとしても。それにしても少なすぎやしないか、俺。
かと言って、いきなり『好きだ』なんて北山ばりに言い出したら、気味悪がられるのがオチなわけで。
静かな部屋に音が流れる。
「・・・・・・ゴスペラーズかよ」
「あれ、駄目だった?」
「別に駄目じゃあないが」
気恥ずかしいとでも言うのだろうか、苦笑しながらにコーヒーカップを渡す。
「・・・さっきのエイプリルフールの事怒ってる?」
「はい?怒ってないけど」
「眉間に皺寄ってたから」
「・・・んなのそういう仕様だ、そういう仕様」
思考に耽って難しい顔をしていたらしい。失敗失敗と笑う。
「どういう仕様なのそれ」
彼女の笑いながらのツッコミも有難く頂戴して、クッションに座りなおす。
そうして、俺の斬新なアイディアは閃いた。
そうだ、エイプリルフールだ。
「・・・・・・」
フーとコーヒーに息を吹きかけて冷ましている彼女を見る。
カップに口をつけて、少し熱いと顔をしかめるが俺に気づいて少し微笑む。
「ん?」
首を傾けられたので、心の準備を咄嗟に行う。
「あー・・・いいか、今日はエイプリルフールだからな」
「は?・・・うん、知ってる」
「エイプリルフールだからな、いいな」
念押しをして、カップを床に置くと息を吸った。
冗談半分でもあまりよろしくないのは分かっているのだが、今日だけは勘弁願う。
「大嫌いです」
「・・・・・・」
ランダム設定なのか、コンポからは絶妙なタイミングの『ひとり』。
愛してるなんてどんな状況でも中々言えねぇっつの。
反応が返ってこないので、慌てて言葉を繕う。
「いや、エイプリルフールだからな?な?分かったか?」
「・・・うん」
カップを持ったままの両手に顔近づけ、小さな了承の声。
しまった、失敗したか?とまた内心焦るが、彼女の肩は小刻みに揺れていた。
「?」
「ふふ・・・、びっくりした」
と。とても嬉しそうな顔をしたの顔に。
不覚にも単純に、呆けた。
「まさかそんな嘘でくるなんて」
「ん・・・、あぁ、うん」
「なんか、無理して『好きだ』って言われるより嬉しいかも」
彼女の楽しげな笑顔が急に恥ずかしくなり、床に置いてあるコーヒーの湯気を意味もなく見つめた。
「別に・・・無理なんか、して、ません」
「・・・・・・私も別に無理して我慢しているわけじゃないからね?」
「え?」
付き合いたての頃の会話を覚えていたのは俺だけではなかったらしく。
そういえばその会話をしたのも、こんな感じのツアー最中の忙しい時でこの部屋でだった事を遅まきながら思い出した。
「・・・・・・『嫌い』って言われて、そんな嬉しそうにする奴見た事ないぞ」
「私も『大嫌い』って言われて、喜ぶとは思いませんでしたよ」
『大嫌い』を強調して言われ、ハッと気づいてさらに内心苦笑した。
単純に『嫌い』と言うはずだったのに。
いつの間に『大』が付いたのだろうか。
は気づいているのかいないのか、いつまでもニコニコしながらコーヒーカップを傾けて、
「あつっ」
と、また顔をしかめた。
『大嫌い』でも『嫌い』でも、裏を返して『愛している』事が伝わるのであれば、それでいいと思った。
グッドライ・バッドライ/村上
「てっちゃんなんか大嫌い!」
とメールで送ったら、休憩中なのか即行で携帯が鳴った。
バレたか?と内心舌を出しつつ、電話に出る。
すると、予想外な声が聞こえてきた。
『オイッ、なんだよあのメール!』
「なにって・・・そのままだよ」
『そのままってなんだよ、いきなりあんなメール、』
彼の声が思いのほか焦っているのが伝わってきて、私は驚くと共に滅多にない状況に少し笑った。
それが受話器に乗ったのか、てっちゃんはしきりに呼びかけて来る。
『なぁ、オイ、こら』
「ごめん、てっちゃん。今日エイプリルフールだよ」
『な・・・・・・はぁ!?』
「四月一日」
繰り返すと、受話器の向こうからバタバタと音がして、
『今日何日!?』
「四月一日だけど、なに、エイプリルフールにでも引っかかった?」
メンバーにでも確認したらしく、遠くでそんな会話が聞こえた。
その状況に思わず、また噴き出して腹を抱えてしまった。
『お前なぁ!』
「あはははっ、はは、あー可笑しい」
『・・・お前なぁ、ついて良い嘘と悪い嘘があるぞ』
少しむくれたような声だったので、やりすぎたかしらと笑いが引っ込んだ。
「ご、ごめん。でも、ほら嘘だって前提で読んでみてよ」
『・・・・・・ったく。俺はこー見えても繊細なんだよ』
「自分で言うし」
『うるせぇ。そんな嘘をつくお前なんか大嫌いだ』
一瞬ドキッとしたけど、その声がなんとなく楽しそうなのに気づいて。
「てっちゃん、ついて良い嘘と悪い嘘があるって今・・・」
『ちょーきらーい、だいきらーい』
完全に子供なモードで、それが可笑しくてまた笑ってしまう。
「ちょっと、もー、私もてっちゃんなんか嫌い!」
『ひっどーい、てっちゃん傷ついたわ』
「知りませんよー、嫌いです」
『嫌いなの?大嫌いじゃなくて?』
「・・・どうせ大嫌いですよーだ」
なんて馬鹿な会話をしているのだろう、と自分で苦笑しながらも。
そのやり取りが楽しくて仕方なくて、結局てっちゃんの休憩時間が終わるまでそんな会話を繰り返した。
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サバサバした彼女と馬鹿な言葉の応酬は好きです。