ヘビー・スイート/酒井
「ねぇ、質問です」
「んー?なんだ?」
「あえて何とは言わないんだけど。美味しい市販と不味い手作り、どっちがいい?」
「…………」
「あえて何とは言わないけど」
「……あえて何とは聞かんがさ、にしても情緒ってモンがねぇよ!」
「上げるだけでも十分だと思ってよ、何をとは言わないけど」
「そりゃ貰えればどっちだって嬉しいけどなぁ、何をとは言わないけど」
「どっちか」
「どっちかぁ?……じゃあ手作り」
「……本当に?知らないよどうなっても」
「ど、どうってお前何作る気だよ!」
「何とは言いません!」
「言えよっ!」
* * *
「どう?」
「にが……」
「だから言ったのに」
「ただ溶かして固めるだけの作業でどうやったらこんなんなるんだ」
「まぁ……何をとは言わないけど、あるもの入れたら」
「そこは言っとけって!何混ぜたらこんな味になるんだ?」
「愛」
「……激甘ですね」
「ですね」
スパイシー・スイート/黒沢
帰ってきた薫さんに笑顔で差し出す。
「お?」
一瞬きょとんとしたけれど、すぐさま意図を汲んだように笑顔になる。
「バレンタイン?」
「うん、バレンタイン。薫さんスペシャル仕様」
「俺仕様?えぇ、何だろう。開けてもいいの?」
マフラーと帽子を取りながらも、赤い箱からは目を離さないでいる。
「いいよ」
「やったー」
気を遣いつつ赤い包装紙を破く。
露わになった中身。
「……」
一瞬の沈黙。
だけどすぐに。
「おぉ…おぉおお!これってもしかして」
振り返る顔には満面の笑み。
「うん、友達に協力してもらって取り寄せたの」
「ご当地カレールー!?」
「最北端のカレールー」
「うわー、マジでぇ?」
「マジでー」
「ありがとー。嬉しいわ、ホントに」
ニコニコとした笑顔はこちらも巻き込むほどの威力。
「どういたしまして」
楽しげにルーの箱を眺めていた薫さんがハッとして顔を上げる。
「え、これバレンタイン?」
「うん、そうだよ薫さん仕様」
「えー……いや、凄い嬉しいんだけどさ」
手の箱と私の顔とを交互に見る。
納得言っていないような、かと言って不満なわけでもないような。
眉を寄せて苦笑する、その微妙な表情に私は思わず噴き出す。
「なんだよぉー」
「ふふ、大丈夫だよ、ちゃんとバレンタインチョコも用意してるから」
言えば驚いたように眉が上がる。
「え、ほんとに?あーよかったぁー」
「やっぱチョコの方が嬉しいの?」
「いや、そういうわけじゃないけどさぁ、やっぱバレンタインといえばチョコって感じがあるじゃない」
嬉しそうなのを隠さない薫さんの照れた笑顔。
つられてニッコリと肯定する。
「そうだね。あ、チョコケーキだからデザートで一緒に食べよう?」
「お、ケーキなの?いいねぇ、食べよ食べよ」
とりあえず、今日の晩ご飯は最北端のカレーに決定です。
ノット・スイート?/村上
俺は不貞腐れていた。
ブー垂れていると言ってもいい。
「ど、どうしたんですか?」
俺の機嫌に気付いたアイツが遠慮がちに聞く。
どうしたもこうしたもない。
今日はセントバレンタイン。
日本全国の男子女子が製菓企業に踊らされながら愛を交わす日。
意中の人が居ればそれこそ熱いダンス。
俺はまさにその熱烈なダンシングを心の中でしていた。
なのに、おかしい。
勿論百パー貰えるとは思ってはいなかったけれど。
それにしたって、おかしいだろ。
「あの、村上さん?」
事務所の彼女のデスク前。
座ってる彼女の上目遣いにトキメキもするがそれとは話が別で。
ここの会議室にはファンから届いたチョコレートも有難い事にあるのだけど、それともまた話は別で。
俺は目の前の人からチョコレートを頂きたいわけだ。
「なのになぁ…」
「え?」
「なに、それ」
視線で示す先にはどうにか除けているもののデスク上の半分を埋めている菓子類の山。
俺の視線に気付いて相手は笑った。
「あぁ、変ですよね。私女なのにこんなにチョコ貰っちゃって」
照れたように頭を掻くその姿も可愛いっちゃあ可愛いんだけども。
「普段よくお菓子を配ってるせいか、みんなお礼にってくれたんですよ」
「……さいですか」
友チョコが流行ってるのは知っているし、会社じゃお歳暮みたいな感覚なんだろうけど。
それを差し引きして考えたってその箱達は多い。
どんくらい多いかと言うと、プライベートで俺が貰った以上に、だ。
これは男として傷つく上に、相手に好意を持ってるのであれば尚更複雑。
口を尖らしていると、唐突に彼女は閃いた顔をした。
「あ、村上さんいります?」
「ん?」
普通に返しながらも内心、チョコゲットとガッツポーズ。
ところが。
「さすがにこれだけ一杯あると食べ切れなくて…」
そう言いながら山の中を漁る。
「……」
「あ、これ上げますよ」
差し出されたのは綺麗にラッピングされた手作り風味なチョコレート。
「……貰ったモン人に上げんのってどうなのよ?」
「えー村上さん達もよく配ってるじゃないですか」
「そりゃあ…食えずに捨てるよか」
「それもですよ。手作りはやっぱ賞味期限早いですから」
「……」
複雑な思いで顔をしかめる。
一応、チョコレートを貰った事になる…のか?これ…。
「おーい、テツー」
名前を呼ばれて振り返れば、黒沢がこちらに手を招いていた。
打ち合わせが始まるらしい。
「始まるみたいですね。お疲れ様です」
何ともない調子の相手を見下ろして、ひっそりと嘆息、のちに苦笑。
「んじゃまぁコレ貰っとくわ。いってくる」
「いってらっしゃい」
ドアへと向かいながら、手を振る彼女に笑顔を返す。
別にいってらっしゃいと言われてもアイツの元に帰るわけでもないのに、何となく嬉しい気分。
チョコをポケットに滑り込ませる。
アイツに上げた人には悪いけれど、このチョコは俺がアイツに貰ったモノ、という事で。
そう考えていたら黒沢に「何にやけてんだ」と言われてしまった。
説明すると馬鹿らしくなってしまうので、説明はしないでおいた。
いざチョコを食べようとラッピングを開け、中に入っているメッセージカードに俺が驚くのはもうちょい先。
メイキング・スイート/安岡
「きっと美味しいバレンタインチョコ作るからね」
そう笑顔で言った彼女にいってきますを言ったのは昼前。
「あのー」
「……」
帰ってきて鼻についたのは期待通りの甘ったるさと、予想外の焦げ臭さ。
リビングに入ればそれは一層色を濃くした。
テーブルの隅っこ、椅子の上でうずくまるように体育座りをする彼女。
「ただいま」
「……」
「えーと?」
チラリとキッチンに目をやるとそこには見るも無残な跡。
もう一度膝に顔をうずめている彼女を見る。
状況把握。
思い切り苦笑しながら、鞄を下ろしてコートを脱ぐ。
袖を捲くり、キッチンへ移動。
冷蔵庫の中を覗き、材料が余っている事を確認して手を洗った。
「よし、じゃあやろっか!」
パンッと手を打って笑顔を彼女に向ければ、暗い顔が膝から上げられる。
「……なにを」
「安岡優の手作りチョコレート教室」
「……」
元々彼女は料理が得意ではなくて。
それでも一生懸命俺のために作ってくれたであろう事が跡から窺える。
これほどに嬉しい事はない。
失敗した物でも勿論食べるけど、その失敗した物は処分されているらしいので作るしかない。
「ほら、いつもみたく一緒に作ろうよ」
「優が作っちゃったら意味ないじゃないよー…」
「俺が作ったのはプレゼントフォーユーって事で」
笑ったまま彼女を誘い出すように手を伸べれば、ようやく立ち上がってくれた。
ジェントルマンを気取ってキッチンへエスコート。
彼女は微かに笑って見せてくれた。
キッチンに二人で並んで、散らかった物を少し片す。
「……ごめんね」
隣りから聞こえた小さな謝罪に、思わず肩を抱き寄せて髪にキスをした。
困ったように顔を上げる彼女に、にっこりと微笑む。
「謝る必要はないの。さ、始めましょか」
ただ貰うだけのバレンタインが、互いに上げる分を作るバレンタインに。
それって十分ハッピーバレンタインじゃない?
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遅ればせながら、バレンタイン。
酒井さんと黒沢さんを思いついていて。二人だけってのもなぁと後の二人を練りだしました。
練りだした方がちょっとちゃんとしている罠。