Love 【愛か恋か】
恋と愛の違いについて誰もが一度は考えた事があると思う。
特に僕みたいな愛を歌う職業にあればその時間は多い。
壮大なテーマかつ、とても身近なテーマだ。
「恋は下心で愛は真心」なんて先人達の見解があるように、僕も一つの答えを出した事がある。
恋はまちがいばかりであり、愛はまちがいさがしだと。
情熱と覚悟の問題だとも歌った。
曲を作ったてっちゃんとの打ち合わせの結果なので、二人で出した答えなのかもしれない。
勿論、この答えだけが正しいわけではなくて、千差万別十人十色の答えがあると思う。
そういう僕も再びこのテーマに取り掛かって別の答えを探していた。
きっかけは仕事、ではなく付き合い出して大分経つ彼女だった。
「明日のライブ楽しみにしてますよ、”ユタカさん”」
少し茶化したように彼女が笑うのを見て、僕はその場で髪を掻き上げて見せる。
「ま、のために歌うからさ、もっと楽しみにしててよ」
「うん!」
声を低くして顔を決めれば、が嬉しそうに何度も頷いた。
”ユタカさん”と呼ばれるようになったのはツアーが始まる少し前。
練習中にふざけてメンバーの誰かが呼び出したのが始まりだった。
それがいつの間にかにまで広まっていて、更には凄く意外だったけど彼女の好みらしいのだ。
この”ユタカさん”が。
そのため、そう呼ばれた時は”ユタカさん”として返している。
ちょっとしたプレイをしている気分なのは内緒。
どの道彼女が喜んでくれるのは僕だって嬉しいし、”ユタカさん”だって僕である事には変わらないから。
けれどもその彼女の好みが僕を悩ませていた。
理想と現実が違って当然なのは歌詩で書いたように、好みと付き合う人が違う事はよくある話で。
でも僕にとっては完璧とは言わないけれど大いにタイプであり、だから告白をしたのだ。
その時の彼女の返事はイエスで、そしてここまで良好な関係を築いてきたので好みの話は考えた事がなかった。
少なからず、タイプ的な意味でも惹かれてくれたのだと思っていたのだけど。
リーダーが次の曲名を口にすると、途端に会場から黄色い歓声が上がる。
ステージのバックスクリーンが瞬きだして、リードボーカルのリーダーにスポットライトが絞られると客席がよく見えた。
ほら、は咲き誇ったような笑顔で手を叩いている。
盛り上がれば盛り上がるほど、それがリーダーの煽りであればあるほど彼女は大興奮だ。
僕の歌声ではそんな姿は見られなかった。
つまり、彼女は僕らのリーダー村上てつやが好きらしく、好きな曲タイトルを上げればどれもリーダーメインの曲ばかり。
リーダーといい”ユタカさん”といい、ある意味分かりやすく俺様っぽい男が好みみたいだ。
仕方のない話なのかもしれないけれど、気分的には拗ねたくなる。
スポットライトに当たるリーダーに熱い視線を送る君を見つめているなんて、僕だけが恋焦がれてばかり。
片想いの時に戻った気分。
アルコールが入り甘えを装ってそんな事を零した時には頬を染めた。
「確かに村上さんには恋してるかも」
「でも、安心して! ユタカのは恋じゃなくて愛だから!」
聞いた時は真心の愛ならば、と納得したけれどよくよく考えると下心の恋を認めている事に気付く。
愛と恋。彼女の中ではどんな答えが出ているのだろう。
例えどんな答えでも僕がを好きなのは変わらないけど、それでも本当は僕だけを見ていて欲しいなんて、ねぇ?
「村上さん今日もすっごく素敵でした!」
ライブを終えて軽い打ち上げの場ではそうリーダーに詰め寄っていた。
リーダーはリーダーでの絶賛がなかなか心地良いらしく嬉しそうにグラスを傾けてる。
「前にさ」
とリーダーを眺めていたら、唐突に横から声がしてびっくりする。
いつの間にか傍まで来てた北山がオレンジジュース片手に半笑いを浮かべていた。
「てっちゃんが言ってたんだけどさ」
びっくりしたのを誤魔化そうと自分のグラスに口を付けて北山の視線の先を追うと、先の二人の姿。
「”良かったって言って貰えるのは嬉しいんだけど、安岡の視線が怖い気がする”って」
クスクスと笑いながら告げ口のように密やかに話す北山。
あの緩みきった笑顔でそんな事を思っていたのか、と頭を掻いた。
「えー、俺そんな顔してた?」
「さぁ? でも気持ちは分かるけど。あれだけ”大好き”って顔されたらねぇ?」
「”恋してる”んだってさ」
「え?」
が言ってた、とビールをぐびりと飲む。
不思議そうな北山がゆっくりと瞬きして、何か考えるようにまた達を見た。
「ふうん、そうなんだ? 俺には安岡の事が一番好きなように見えるけど」
今度はこっちが不思議そうな顔をする番。
「あれ……。あぁ、そうか、ヤスは見えないんだ」
「何が?」
「前にたまたま気付いたんだけど、ヤスがソロで歌ってる時、彼女全然動かないんだよね」
それは知ってる。ノリの良い曲でもあまり手を叩いてくれない。
そう思ったのが表情に出てたのか、北山は噴き出すように笑った。
違うと言いたげに手を振って見せる。
「そうじゃなくて、ずっとヤスから視線が外れないんだ。無意識じゃないかな」
「え……」
「ヤスの一挙一動集中して見てるって感じ」
「そ、そうなの?」
「ピンスポ当たると客席よく見えないからね。てっちゃんも言ってたよ”あの熱視線には敵わない”って」
唖然としながらも、頬が緩んでいくのを抑えきれない。
隠すようにグラスを傾ける振りをすると、北山がまた笑いを漏らしながら爽やかに肩を叩いて去っていた。
「なんだよー……もう」
北山の背中に照れをぶつけてみても、湧き上がる嬉しさにソワソワとした気持ちが納まらない。
残り少ないビールを流し込んで、おかわりを貰いに行った。
気が付けば足取りがおぼつかないぐらい飲んでいて、に家まで届けて貰うまでになっていた。
「今日のライブたのしかった?」
リビングの椅子にへたり込んでから、鞄を片してくれている彼女に声を掛ける。
手を止めると少し可笑しそうに傍まで寄ってきて、ニッコリと笑んだ。
「もちろん、すっごく楽しかったよ!」
「……”ユタカさん”どうだった?」
ライブ中に”ユタカさん”として振る舞う場面があった。
テーブルに突っ伏しながら聞けば、髪をくしゃと触れられたのが分かった。
「惚れ直すほど素敵だったよ」
「……」
サワサワと髪をいじっているの手を掴む。
「ねぇ、てっちゃんに、恋してる?」
「え? あー。気にしてた?」
酔っ払い相手だと分かっている寛容なクスクスとした笑い声が心地良い。
捕まえた彼女の指に触れて遊びながら答えを待てば、キュッとその手に力が入った。
「だって……恋し合うとは言わないなぁって思って。一方通行が恋かなって」
「……」
少し顔を上げて繋がれた手の先を辿ると、に優しい笑顔で見下ろされていた。
その微笑みにさらに酔いが回ったのか、温かさを超えた熱が心に灯る。
「だから、おれのは恋じゃないんだ……」
指を絡め直して、僅かに引き寄せ手の甲にキスをすると、彼女は少し驚いた様子。
さらにそのまま手を引っ張ってバランスを崩したを抱き止めた。
「どうしたの?」
「おれのは、愛なんでしょ?」
耳元で囁くと、フッと笑った雰囲気が伝わって背中に手が回される。
子供をあやすような優しさで、触れられたところからまた温もりが伝わってくる。
「ほら……”愛は互いを探し出すのさ”って言うじゃない?」
こんな状況で、愛を噛み締めている僕に出す例えすらてっちゃんの歌。
「……」
だけどそんなてっちゃんに恋しちゃってる君が、僕を探し出してくれたんでしょう?
なんだかどうしようもなく嬉しいのに、それでも無性に可笑しくて。
抱きしめる腕に力を込める。
「さがしだしたから」
「ユタカ?」
呼ばれる名前ですら大切なものみたいに煌めいて聞こえる。
「もうはなさない」
溢れるそれは、どことなく恋焦がれる気持ちに少しだけ似ている。
けれどその想いは、恋じゃない。
全てを包み込んでしまうような、愛しさだった。
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誰を好きだろうが、それをひっくるめて君の全部が好き。でも、一番は自分でなきゃヤダ。
という男前と末っ子な感じを書きたかったのですが。