星屑letter


謎のアーティストが居る。
そんな話を聞いたのは生ラジオが始まろうとしている時だった。
なんじゃそら、と都市伝説を聞くような具合に聞いたのだがどうやらそういう話ではないらしい。
最初に気づいたのはスタッフとメインパーソナリティの黒沢だとか。
ヘッドホンを装着しながら黒沢が意外そうな顔をする。
「あれ、村上知らない?」
「知らねぇ。初めて聞いた」
「じゃあ、後で見せてやるよ。多分来てるから」
「何が?」
怪訝な顔で聞き返すと黒沢は暢気な顔をさらに暢気にさせて、
「見れば分かるよ」
そう軽く笑って見せた。


『お送りしたのはゴスペラーズ黒沢薫と』
『村上てつやでした』
バイバイ、とフェードインする歌を確認してカフをオフにした。
ヘッドホンを外し、お疲れと黒沢に声を掛け合う。
メールでのリスナーの反応を見ながら黒沢は思い出したようにスタッフへと向いた。
「そういえば先週分のアレは来てないの?」
アレと言われて不思議そうな顔をしたスタッフはすぐさま思い至った顔で、リスナーの手紙ハガキがまとめてあるボックスを見た。
「そういえば来てませんね。ほぼ毎回来てるのに珍しい」
「あれ、珍しいね。俺あの人の結構楽しみなんだけどな」
「スタッフの間でも話題に上がりますよ」
「だろうなぁー」
「なになに? 始まる前言ってたやつ?」
聞けば、あぁ、と黒沢は少し困った顔をした。
「ごめん、来てなかったみたい。実物見た方が分かりやすいと思ったんだけどなー」
「何が? 手紙?」
「そうそう、リスナーのハガキなんだけど」
自分でもレターボックスの中を探しながら答える。
「感想も名前もない代わりに絵が描かれてるんだ」
「絵?」
「うん。たまに曲名が書かれてるからその回に掛かった曲のイメージみたい」
「へー。そんな奴が居るのか。知らなかった」
「おかしいな、ほぼ毎回来てるのに。酒井達も知ってるよ?」
ラジオではメインの黒沢の他に月ごとにパートナーを変える企画が始まっていた。
それとは別にメンバーが気まぐれに参加したりする。
ラジオは結構長くやっていて、その手紙も大分前かららしいのだが俺はお目にかかったことがない。
話も今日初めて聴いたぐらいだ。
「そういえば、前も村上が出た時の回来てなかったなぁ」
「は?」
「ほら、前に生でみんな出た時に歌ったじゃん?」
「あぁ、あったな」
一ヶ月くらい前の話だ。
「もしかして村上が出た回は送ってこないのかな」
「なんだそれ、どんだけ俺が嫌いなんだ」
黒沢が冗談ぽく笑うので俺も笑って返したが、内心若干面白くない。
何で俺だけ避けられなきゃならないのかしら。
「まぁ、たまたまじゃない? 毎回聴けるとは限らないし」
「今日の分が来なかったら決定だな」
「俺が持ってるの今度見せてあげるよ」
「なんだ、貰ってるのか」
「見れば分かるよ、凄い良い感じなんだよ」
聞けば酒井も北山も安岡も、俺以外のメンバーは全員一枚は持って帰っているらしい。
なんだこの仲間はずれな感じ。
てっちゃんちょっと拗ねちゃいそー。
「スタッフにはカラーコピーしてる人も居ますよ。僕も持ってます」
俺の知らないところでそんなブームが、と疎外感を通り越して唖然とする。
「まぁいいや、黒沢明日にでも持ってきてよ」
次のラジオ収録は四日後。その前に明日別の仕事があるので黒沢に持ってきて貰った方が早い。
「うん、分かったー」


曲に合わせて毎回、か。
今日掛けた曲からはどんな絵が出来るのか。
見た事もない絵に期待を馳せてみるが、もし今週分が来なかったら本当に落ち込みそうだ。

そんな事を思っていたのだが、全くの杞憂だった。

「これ?」
「そう、これ。綺麗だろ。これ×××を掛けた時の絵でさぁ、凄く良いと思ったんだよね」
翌日、見せて貰ったハガキに驚いた。
絵の上手さとかは関係なく、その絵のタッチに。
「なになに。あ、それってラジオの絵の人でしょ」
俺がその絵をガン見していたら、横から安岡が覗き込んできた。
控え室に居る他の奴らも興味を惹かれたように顔を上げる。
安岡が「ラジオの絵の人」だと説明すると、納得したように頷いた。
「俺、一枚持ち歩いてるよ」
北山が言って鞄から一枚のカードを取り出して見せた。
劣化しないように加工してカードみたいになっているハガキ。
端にサインのように書かれた曲名は北山が好きだといって憚らない曲だ。
「はーん。こりゃすげぇな」
水彩絵の具が使われている雰囲気の良い絵だ。
なにがどうとは言えないが、加工して持ち歩くのも大げさだとは思わない。
そんな絵だった。
「凄いよねぇ、この人」
酒井が褒めるのを見て、何故か俺がニヤリとしてしまう。
「それがさぁ、その人の事、村上昨日初めて知ったんだって」
横で黒沢が言うと、三人は驚いたような顔をした。
「えぇ、だってこの人結構前から送ってきてるよね?」
「だよなぁ、半年? それよりもっと前か」
「てっちゃんが知らないって意外だね」
どちらかというとマメに手紙やメールはチェックする方なので、その意見はもっともだ。
だがもう、そんな事を言われても疎外感も感じないし、ふてくされたりも俺はしない。



久々に訪れるマンションの一室。
呼び鈴を鳴らすと、僅かに面倒臭そうに住人が現れる。
「……また今日も随分遅い時間に来ますね」
「まだ十二時じゃんよ」
「私は仕事中ですよ」
口では迷惑そうに言うもののすんなりと受け入れてくれる。
玄関で靴を脱いで、本や画材で散らかっているリビング兼仕事場に入る。
「あれ、なんかテツさん今日はご機嫌?」
もてなす素振りもなく、作業机の位置まで戻るとが不思議そうに首を傾げた。
いつも俺が来る時の様子を考えれば当然の質問だ。
「今日はちょっと違うのよ」
「へ。なんすか珍しい」
そう言いながらも手をこちらへと伸ばす。
俺達の間でなんとなくお決まりになっていた手土産を要求しているらしい。
だが今日はいつもとは違うので、そんなものはない。
代わりに黒沢から借りてきた取って置きのものがある。
それを鞄から取り出しての目の前でヒラヒラさせると、の顔がギョッとしたものに変わった。
「え、あっ!」
慌てた様子で俺の手にあるハガキを奪い取ろうとする。
「うぉっと」
「な、なんでテツさんが持ってるんですかっ」
「なんでが慌てるんですかぁ」
手を高く上げてしまえば身長差では当然届かない。
ニヤニヤしながら聞き返すと、むぅと拗ねたように口を尖らせた。
少しの間隙を窺っては取り返そうと頑張っていただが、無理だと悟ると諦めて椅子へと腰を下ろした。
「ここまで気づかないならもう気づかれないと思ったのに…」
「別に隠す事でもないだろうに」
の絵は何度か見た事がある。
最近は仕事の依頼も増え始めているらしく、忙しそうにしているのをよく見る。
今も現に机の上には描きかけのイラストが置いてあった。
「そーですけど、趣味全開だったから、なんかこー恥ずかしかったんですよ」
椅子の上で足を抱え込んで、拗ねた風を見せる
「まぁいいけどよ」
「それ、結構前の奴ですよねぇ。なんで持ってるんですか?」
「黒沢に借りた。ていうか、お前さりげに有名になってんぞ」
「は?」
怪訝そうな顔に自覚がないのかと腰を下ろしながら笑う。
まぁラジオで言わない限り、送ったハガキがどう扱われているかなんてリスナーは知らなくて当たり前だ。
「頻繁に送ってるだろ。黒沢達もスタッフも結構楽しみにしてるみたいよ」
「え、ホントですか?」
ハガキを蛍光灯に晒し眺めながら説明をしてやると、の表情に驚きと喜びが浮かぶ。
「ホント。北山なんか濡れないようにカードに加工してたぞ」
「えぇ? 北山さんが?」
それは嬉しいかも、と照れたのか頭を掻いて見せる。
とはゴスペラーズ村上として会っているわけではないので、メンバーと会わせたりした事はない。
ライブのチケットも頼まれた事はなく、来る時は自力で取っているらしい。
ただかなり昔に俺がゴスペラーズのサインを押し付けたなんて事はあったが。
初めのうちは飾られていたサイン色紙も今となっては本と紙に埋もれてどこにあったのかすら分からない。
部屋を見渡しながらそんな事を思い出していたら、が机の引き出しを開けてファイルを取り出した。
「テツさんにバレたらもう隠す意味ないから」
そう言ってファイルを開け、何枚かのハガキサイズの紙をこっちに寄越した。
それぞれに絵が描かれていて、裏面には律儀に日付も入っている。
「これ、俺が出てた回のやつか?」
「そうです。ちゃんと聴いてたんですよー」
「聴いてなかった、なんて言ったらてっちゃん拗ねんぞ」
受け取って一枚ずつ眺める。
日付だけだとどんな歌を流したのか覚えていないが、たまに小さく曲名が書いてあるのだけは分かった。
あの曲がを通すとこんな絵になるのか。
歌を歌として捉えている俺にとって、それは面白い見方だった。
きちんと昨日の生放送のもある。
ジィッと眺めていると、は居心地悪そうにペンを持ったり置いたりしている。
その様子に笑いながら、あらかた見た後聞いてみる。
「貰っていいの?」
「え? 別にいいっすけど…」
「いいなら貰う。あ、でもこれは返す」
日付を確認して一枚だけ抜き、それをへと渡す。
受け取るとは僅かに残念そうな表情で苦笑して見せた。
「これは気に入らなかったですか?」
昨日の生放送の時の奴だ。
「ちげーよ。それはちゃんと送ってちょーだいって話」
「え、わざわざ?」
「うん」
「はぁ、いいですけど…」
「よろしく。まぁ、どの道俺が貰うけどな」
意味不明と怪訝そうにするに、俺は笑ってみせた。
これで謎のアーティストは村上が嫌い説は打ち消せる。
「俺、来週も出る」
「知ってますよ、今月のマンスリーメンバーテツさんでしょ」
「そーそー。だからちゃんと聴いて送るよーに」
「えーでも私来週丁度〆切があるんですよねー」
「またまたぁー俺の事大好きな癖に」
「大好きですよー、黒沢さんが」
「ひっどぉーい。てっちゃん拗ねんぞ」
互いに楽しげに口を歪ませる。
全く本気の篭っていない適当な言葉の応酬はどこか心地がいい。
「あ、今日泊まっていくんですか?」
「いや、もう帰るよ」
「さようですか。なんか不思議ですね、まるで友人か何かみたいです」
普通に訪ねて普通に会話して、普通に帰る。
確かに俺達の関係にしては珍しい展開だ。
「そのうち普通にお茶とかするようになるんですかね」
「なに? 誘ってんの?」
立ち上がりながら色目を使ってみれば、クスクスと笑われる。
「やめて下さいよ。彼氏に怒られちゃいます」
「俺も彼女に怒られちゃうな」
視線を合わせて笑みを浮かべあう。
「んじゃ、帰るわ」
「はーい、お疲れ様です」
鍵を閉めるために玄関口まで付いてくるに振り返る。
「ハガキ、出せよ」
「ハイハイ出しますよ」
「……確かに不思議だな」
「ん?」
「いや。じゃあ、仕事頑張れよ」
「テツさんも。おやすみなさい」
「おやすみ」
見送りを貰いながら部屋を出る。
エレベーターへと向かいながら、チラリとの部屋を見やる。

会う以外にとの接点が出来るのは彼女が言うように不思議な気分だ。
互いの部屋を行き来して、弱気を落としていくだけの関係だったのが。
リスナーのハガキという違う形で俺と接点を持った。
それはどこか奇妙でくすぐったく感じた。
「謎のアーティスト、ねぇ……」
そう呟きながら自分の日常へと戻っていく。






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ふぃーるんそーるの頃の話。