星屑cake
見もしないテレビを点けっぱなしにして、作業机に向かっていた。
構図が決まらず、無闇に鉛筆を動かしながら時間を潰してばかり。
深夜バラエティの笑い声とカリカリと鉛筆の音。
それだけだった空間に、思ってもみないチャイムの音が響いた。
「・・・」
時計を見れば二時を過ぎていて、誰だよ。と眉を潜める。
けれど実際こんな時間に予告もなく押しかけてくる人物の心当たりは生憎一人しか居なかった。
鉛筆を放って、玄関まで足を運んでそっとドアスコープを覗けば案の定の人物。
「・・・どうも」
「よぅ、久しぶり」
ドアを開けると軽く手を上げて笑む男―――テツさん。
それに苦笑で返すと、いつものようにどうぞと上がるよう促す。
「相変わらず時間とか考えないんですね」
「まだ寝てないと思ったから来たんじゃないの」
「どうせ夜型ですけどね。んで、ハイ」
仕事場になっているリビングに入ると、振り向いてテツさんに手を差し出す。
テツさんは得ているように笑うと、ホレ、と四角いボックスを渡してきた。
「ケーキ?珍しいですね、こんな気の利いたもの」
「バースデーケーキの残り」
「バースデーケーキ?誰の?」
「俺の」
「あれ?今日って・・・・・・あぁ、本当だ四月二十五日だ」
すでに日付が変わっているからもう二十六日だけど。
圧倒的な資料などの紙類で散らかっているリビング。
けれどテツさんは勝手を知っているので、その状況には笑うだけで何も言わない。
そのまま定位置辺りの本をどかして、適当にクッションを取るとドカッと座った。
小さな折り畳みのテーブルにケーキの箱を置くと、自分の机の上のカップを持って台所へ向かう。
「コーヒーですか?」
「いや、水頂戴。つか、おめでとうくらい言ってくれよ」
「何歳になったんですか?」
「・・・・・・35」
「おじさんですねぇ」
「うるせぇー、おじさんにはおじさんの魅力があんのよ」
軽口を叩きあいながら、水の入ったコップを手渡す。
一方で、フォークと皿を用意しケーキボックスの横に置いた。
「で、どうかしたんですか?今忙しい時でしょう?」
座る場所を作るのが面倒なので、そのまま作業机の椅子へ腰掛ける。
コップを傾ける彼の顔は少し赤く、飲み会があった事は容易に想像がついた。
「んー・・・・・・別にぃ」
細い目を伏せがちに呟くように言う。
ふうん、と自分のためにいれた牛乳を一口飲んだ。
私達の関係は曖昧でよく分からない。
恋人でもなければ、兄弟でも家族でも親友でもない。と思う。
数年前にとあるきっかけで互いに家は知っている関係。
一応携帯番号も知っているが、使った事は一度もない。
ふらりと訪ねては適当に時間を共にして、また何もなかったようにそれぞれの日常へと戻っていく。
会うのは年に数回程度。
こうして彼から来る事もあるし、私が訪ねる事もある。
用事があるわけではなくて、ただなんとなく頭に彼の顔が浮かんで訪ねる。
私の場合、それは大抵心身共に参っている時で、愚痴を零す事もあれば何も言わずにただお酒を交わす時もある。
彼の場合はまた少し違うだろうが、似たようなものだろうと思う。
本当にそれだけの関係。
食事をしたり映画を見たりなんてしないし、身体の関係なんてもってのほかだ。
友達に言っても変な顔をされるし、恋人に話せば浮気だのと言われる事もあった。
でも本当に、恋も愛もやましい心も何もない。
職業も年齢も性別も違う、接点のない人と過ごすのはある意味現実逃避のようなちょっとした異質な時間。
日常とはかけ離れているから、何も気にせずに過ごせる。変に互いに干渉しない関係は妙な安心感がある。
だからだと思う、こんな関係が数年も続いているのは。
「聴いてますよ、ぺラッツ」
「おー、どうよ」
「佐藤さんの低音痺れます」
「・・・俺は?」
「赤坂ショータイムが特にかっこいいですね」
相も変わらない自分好きさに笑いながら応えると、満足したように笑んだ。
ケーキを食べようと箱を開いてみると、大きな四角いケーキの端らしい部分が入っていた。
「テツさんも食べます?」
「・・・んー、俺はいいや。つか眠いから寝る」
言いながらすでに眠気が頂点なのか、コップをテーブルに置くと紙の中に横になった。
折られたり汚されて困るものがない事を確認しつつ、ケーキを適当にフォークで崩して皿に盛る。
「そうですか?お風呂入るなら沸かしますけど?」
「・・・・・・いい」
「明日は?」
「んー・・・夕方から仕事」
「了解しました」
ケーキの乗った皿をデスクに置くと、タオルケットを寝室に取りに行く。
春といえど、朝は少し寒い。
もうすでにテツさん用になっているタオルケット。
それをそっと掛けてやると、小さい声で悪ぃな、と。
いえいえ、と返す。すると、彼の身体が震えた。
「・・・チッ」
大きく舌打ちをしたテツさんはジーンズのポケットからバイブっている携帯を取り出すと、それを確認。
「・・・・・・」
バイブが鳴り止まないので電話なのだと思ったが、彼は出ようとしない。
挙句にはそのまま私の方へ差し出してきた。
一応受け取ってみると、力尽きたようにパタンと手を下げてタオルケットを手繰り寄せる。
「誰なんですか?」
まだバイブっている携帯を見る。
んー・・・と唸りながら、横向きになるテツさんがボソリと呟いた。
「カノジョ」
「・・・・・・いいんですか?」
「・・・ん」
少ししたらバイブも収まり、彼も本格的に寝に入ったので、テレビを消してデスクに戻った。
ケーキにフォークを刺していると、デスク上に置いていたテツさんの携帯がまた震えた。
今度はメールらしい。きっと発信者は彼女だろう。
当たり前だけどそのメールに応える人は今は寝てしまっている。
「んー・・・あ」
生クリームのケーキを頬張って白い紙を見たら、良い感じの構図が浮かんできた。
フォークを置いて鉛筆を取ると、思い浮かんだものを紙に落としていく。
鉛筆の音と微かに聞こえるテツさんの寝息。
「・・・・・・」
ふと、顔を上げてテツさんの方を見やる。
「おめでとうございます」
言ってなかった事思い出したので、聞こえないだろうと思いつつ祝いの言葉を掛けた。
反応がなかったので、やっぱり寝ているのだと顔をデスクに戻したら、
「・・・りがと・・・・・・」
よく聞き取れないお礼ような声がした。
反射的なのか本当に寝言なのか分からなかったが、それ以上は反応がなかったので少し笑ってしまった。
「どういたしまして」
視線を戻してまた鉛筆を動かし始める。
非日常で眠りに付くテツさんを横に、私はケーキをおやつに日常(仕事)を進める事に徹していった。
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